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怒ったミツバチは、より多くの毒をつくる!!

(2021年9月15日)

 ミツバチには毒針があり、その根元には蜂毒と呼ばれる毒液がたくわえられています。蜂毒は毒の混合物で、種類豊富なタンパク質が毒成分として含まれます。このほど、カーティン大学(オーストラリア)などの研究グループは、怒ったミツバチほど、蜂毒に含まれるタンパク質の量や種類が豊富になることを発見しました。この研究成果は科学誌『PLOS ONE』に掲載されています。

 私たちはミツバチから、ハチミツ、蜜蝋、蜂毒、ローヤルゼリー、プロポリスなどを手に入れます。中でも高価なのが蜂毒です。蜂毒は数千年も前から様々な病気の治療に使われてきました。現代でも蜂毒は民間療法などに利用され、その成分は研究用の薬品などに使われています。最近の研究では、がん、関節炎、HIVなどの様々な病気や感染症に対する効果が蜂毒の成分に認められ、医薬品への応用が期待されています。蜂毒に含まれるタンパク質の量や種類が豊富なほど、蜂毒の品質は高くなり、研究や治療への効果も高まります。しかし、蜂毒の品質にはばらつきがあり、その品質を高める要因については、ほとんど研究されていませんでした。

 そこで、研究グループはセイヨウミツバチの蜂毒の量や組成を変化させる要因を調べました。蜂毒のサンプリングは、2020年1月21日から3月6日まで、オーストラリア南西部の5地点、合計25の巣箱で行われました。この時期に咲くユーカリ(Corymbia calophylla)の花は、ミツバチの主な栄養源となります。サンプリングに使われたのは特殊な電気刺激装置で、その装置に触れたミツバチは、低電圧のわずかなショックを受けます。それに反応してミツバチから放たれる蜂毒が集められました。これによりミツバチを生かしたまま研究を進めることができたのです。

 研究の結果、蜂毒には99種類ものタンパク質が含まれていることがわかりました。そのうち約1/3は既に知られていましたが、残りの約2/3は新たに見つかったものです。さらに、蜂毒の品質に影響を与えるのは、主にミツバチの行動と温度でした。

 ミツバチの行動に着目すると、刺激装置に集中的に反応した、いわば怒ったミツバチは、あまり反応しなかった、おとなしいミツバチよりも、タンパク質の種類がより豊富で、かつタンパク質密度の高い蜂毒を生成することがわかったのです。怒ったミツバチの行動には、攻撃的な行動を引き起こす警報フェロモンの分泌が関わっていると研究グループでは考えています。

 一方、気温が高いと蜂毒の量が減ることも判明しました。高温になると、巣の内外でのミツバチの活動と体力に悪い影響が及び、巣内を 33 ~ 36°C の最適な温度に保つために体力を消耗してしまうことが原因の1つと考えられました。

 今回の成果は、より質の高い蜂毒の生産を可能にすると研究グループでは考えています。さらなる研究は、蜂毒の成分に由来する医薬品の開発につながると期待されます。

ユーカリのなかま (Corymbia calophylla)の開花期に行われた蜂毒のサンプリング。(a) 巣箱の周囲の環境。開花しているのはユーカリのなかまの花。(b) 開花のピーク時の様子。(c) 花の様子。(d)(e) 並べられた巣箱の様子。それぞれの巣箱の入口部分には、蜂毒を集めるための電気刺激装置が置かれている。 引用:Scaccabarozzi D. et al. PLoS ONE 16(6): e0253838.

 

【参考】

Scaccabarozzi D. et al. (2021) Factors driving the compositional diversity of Apis mellifera bee venom from a Corymbia calophylla (marri) ecosystem, Southwestern Australia. PLoS ONE 16(6): e0253838.

保谷彰彦
文筆家、サイエンスライター。東京大学大学院博士課程修了。博士(学術)。専門はタンポポの進化や生態。主な著書は、新刊『ヤバすぎ!!! 有毒植物・危険植物図鑑』(あかね書房)、『有毒! 注意! 危険植物大図鑑』(あかね書房)、『タンポポハンドブック』(文一総合出版)、『わたしのタンポポ研究』(さ・え・ら書房)、『身近な草花「雑草」のヒミツ』(誠文堂新光社)など。中学校「新しい国語1」(東京書籍)に「私のタンポポ研究」が掲載中。
http://www.hoyatanpopo.com