[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

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RISTEX /ELSIプログラムCOVID-19関連課題中間報告会レポート

(2023年1月05日)

はじめに

 国立研究開発法人科学技術振興機構 社会技術研究開発センター(以下、RISTEX)は、現代社会が直面する社会問題の解決および科学技術の倫理的・法制度的・社会的課題(ELSI)への対応を通して、新たな社会的・公共的価値を創出するための研究開発を推進しています。

 今回は、RISTEXの「科学技術の倫理的・法制度的・社会的課題(ELSI)への包括的実践研究開発プログラム」が開催した、「COVID-19関連課題中間報告会」についてご紹介します。

  

科学技術の倫理的・法制度的・社会的課題(ELSI)への包括的実践研究開発プログラム

https://www.jst.go.jp/ristex/funding/elsi-pg/index.html

 

 本プログラム(略称RlnCA) は、科学技術が人や社会と調和しながら持続的に新たな価値を創出する社会の実現を目指し、新興科学技術がもたらす倫理的・法制度的・社会的課題(ELSI)を発見・予見しながら、責任ある研究・イノベーション(RRI)を進めるための実践的協業モデルの開発を推進しています。2022年11月21日、本プログラムにおいて、COVID-19関連課題のELSIに取り組む4つのプロジェクトの研究代表者による研究成果の報告が行われました。

 冒頭、プログラム総括を務める唐沢かおり教授(東京大学大学院人文社会系研究科)から、プログラムが始まった背景説明が行われました。現代社会では、情報技術やバイオテクノロジーなどに代表される新興科学技術が加速度的に進展していますが、社会が複雑になるにつれ問題も多様化し、科学技術と社会との関係も変化しています。科学技術と社会が調和しながら持続的に新たな価値の創出を目指すには、新興科学技術がもたらす倫理的・法制度的・社会的課題 (以下、ELSI: Ethical, Legal and Social Implications/Issues) を発見・予見することが重要です。そこでRISTEXでは、2020年に「科学技術の倫理的・法制度的・社会的課題 (ELSI) への包括的実践研究開発プログラム」をスタートさせ、新興科学技術がもたらすELSIに対して、研究開発の初期段階から予見的・包括的に取り組み、そこから生まれる知見を研究・技術開発の現場に機動的にフィードバックすることを通じて、責任ある研究・イノベーションの実践的な協業モデルの開発を目指しています。

 研究開発対象となるのは「ELSIへの具体的な対応方策(ソリューション)の創出」「共創の仕組みや方法論の開発、科学技術コミュニケーションの高度化」「トランスサイエンス問題の事例分析とアーカイブに基づく将来への提言」で、技術実装ありきではなく、人や社会の根源に関わる共通課題を問いながら、様々な科学技術が実現する社会像を考察することが求められます。このプログラムが対象とする技術テーマは多岐にわたりますが、今回の報告会では、 “COVID-19”をテーマとする4つのプロジェクトに焦点を当て、研究代表者よりこれまでの研究成果の報告が行われました。

唐沢 かおり プログラム総括

 

 最初に報告されたのは、「パンデミックのELSIアーカイブ化による感染症にレジリエントな社会構築」(研究代表:児玉 聡  京都大学 大学院文学研究科  教授)。

 パンデミックに際して生じるELSI課題と一言で言ってもさまざまです。このプロジェクトは、日本、海外における過去のパンデミックをアーカイブし、“感染症対策と自由の制限”、“差別”、“子どもへの影響”、“治療薬・ワクチンの開発及び分配”、“ポストパンデミックの議論”等々、どのような問題が発生し対応が必要となるのかを考察するプロジェクトです。アーカイブの利便性や利用方法を工夫する試みを通じて、COVID-19の日本と海外における公衆衛生的介入と罰則の違いや、全国の70を超える自治体の「コロナ人権条例」を調査・整理し、サイトに公開したりシンポジウムやフォーラムの開催、関連分野の研究者との意見交換などを行なったりしてきました。

 パンデミックが実際に進行している中で、COVID-19を中心とした公衆衛生的危機におけるELSI及びそれへの対応について、論点を整理した上でアーカイブ化し、その成果を関与者と共有し活用するという観点がとてもユニークなプロジェクトであり、将来の公衆衛生・感染症対策に関するELSI研究のあるべき姿や社会実装の方法論を提案していると言えます。

児玉 聡 教授

 

 次に報告されたのは、「現代メディア空間におけるELSI構築と専門知の介入」(研究代表:田中 幹人 早稲田大学 政治経済学術院  教授)。

 現代社会において、ELSIも含めた様々な重要な議論や情報共有が行われる場というのは、マスメディアとソーシャルメディアが絡み合った“ハイブリッドメディアの空間”であるといえます。このプロジェクトは、COVID-19禍において専門知をめぐるさまざまな議論が飛び交う中で、専門家はどのように介入していくべきなのかということを、メディア分析の結果を踏まえてELSIの観点から検討しています。研究代表の田中教授は、2020年より厚生労働省アドバイザリーボードや東京都iCDCにも参加されており、政府のコロナ対策に関わりながら、本研究を進めています。

 田中教授らの研究によると、日本ではCOVID-19に関する情報を早期から得ていたにも関わらず、”恐ろしさ・未知性”を高く感じられていたという結果が出ています。COVID-19に関連してSNSで呟かれていたビッグデータから10カテゴリーの感情語パターンを抽出し、類似的な感情種類をクラスタリングすることで世論感情の把握に務め、国内での感染拡大状況と、コロナリスク観の変化や社会がどのように反応してきたを分析しました。また、社会不安のバロメーターとも言える懐疑論・陰謀論はどのようなダイナミズムを持っているのか、というような研究にも着手されています。

 一方で、田中教授は研究を踏まえ、世界保健機関(WHO)などが広めた「インフォデミック(誤情報の感染拡大)」といった考え方に警鐘を鳴らします。情報が科学的に「正しい/間違っている」という裁定が難しい状況はしばしばありますし、「誤情報への感染」を前提にしてしまうとそれらの人びとを啓蒙によって治療しようと発想します。こうした素朴な思考は、科学やリスクについてのコミュニケーション研究が蓄積してきた知に反する、はっきり間違ったものだからです。

 しかし、もちろん誤情報が広まることによる被害もあります。だからこそ、現代社会において膨大にある情報をいかに収集・見極めて判断をするか、専門家の介入がどうあるべきか、といった問いへの考察は、新興感染症対策だけでなく、現在・未来に社会が抱える諸問題に取り組む上でも活用・参照できるものではないかと考えられます。

田中 幹人 教授

 

 3番目に登場したのは、「Social Distancingによる社会の脆弱性克服・社会的公正の回復と都市の再設計」(研究代表:林 良嗣  中部大学 持続発展・スマートシティ国際研究センター  卓越教授)。

 COVID-19をきっかけとして、“ソーシャル・ディスタンシング”(social distancing) というものを意識することが当たり前になりました。このプロジェクトは、パンデミックを空間から捉え、日本の感染状況とそれによる行動の変化や、政府の実施してきた政策に関する法制度的・社会的な課題、“フィジカル・ディスタンシング”による様々な社会影響などを考察し、生きやすい・暮らしやすい都市・社会の「距離」とそれを踏まえた“ソーシャル・ディスタンシング”を研究しています。

 具体的には、ディスタンシング対策が人や社会にもたらす影響について、居住・空間利用、経済、環境などの都市圏データや、位置情報に基づく人々の行動変容のビッグデータ、暮らしや医療へのアクセシビリティなど、人の価値観データに基づいてQOLを統合的に計量分析評価し、諸外国との比較も行いながら、科学的エビデンスを抽出。それらを基に、ELSIの観点にも配慮した距離の取り方をソーシャル・ディスタンシング・アクションと定義し、脆弱性や社会的公正の視点に立った都市・コミュニティ空間の再設計の手法開発を行っています。日本では、COVID-19感染拡大によりエンタメや経済活動が一時停滞し、反対にエッセンシャルワーカーは休む間もなく稼働しなければならなかったという状況がありましたが、林教授らの研究では、アンケート調査を行い外出率と所得変化に及ぼす雇用形態と業界間の著しい影響格差など、これまでの災禍とは異なる形で、社会に大きな格差をもたらしたこと、その結果、政府、社会全体への信頼喪失と小さなコミュニティの重要性の再認識などを可視化しています。そして、三重県四日市市で実施したCOVID-19による人々の価値観調査に基づくQOL変化の計量評価や、外出が減少した人としなかった人、中心部から近い地域と離れた地域などの比較による都市空間構成の再評価の結果についても報告されました。

 この研究は、ELSIの研究という中でも、都市環境・情報学を土木計画学に組み込んだ科学技術分野からCOVID-19が人々の行動や社会にもたらしたディスタンスシングの影響を可視化したという点で、今後の社会政策や、脆弱性・社会的公正の視点に立った都市・コミュニティの再設計の手法開発に大変重要で価値がある研究と言えます。

林 良嗣 卓越教授

 

 最後に報告されたのは「携帯電話関連技術を用いた感染症対策に関する包括的検討」(研究代表:米村 滋人  東京大学 大学院法学政治学研究科  教授)です。

 2022年秋、政府がCOVID-19の緊急対策として開発した接触確認アプリCOCOAのサービス終了が発表されました。同サービスは運用開始直後から陽性者と接触しても通知が正確に受けられないなどの不具合が相次いだと言われていますが、本研究は、COCOAの経験を踏まえCOVID-19や将来の新興感染症対策に向けて、どのような携帯電話関連アプリが用いられるべきか、その実装のための法制度や倫理的、社会的な課題を検討し、次なる感染症対策としての導入可能性を探るものです。COVID-19感染拡大では、各国が緊急対策に追われる中で、多様な感染症対策が実施されました。中でも携帯電話を用いた位置情報や行動履歴、接触情報などのデータを収集・解析する対策は各国で注目され、技術開発が進められました。一方で、日本においては、これら個人情報の利用に関してプライバシー上の懸念から有効な利活用ができず、実際の感染症対策には寄与できなかったと指摘する見解もあり、法的・倫理的な課題も残されています。

 このプロジェクトの目的は、携帯電話関連技術の望ましいデータ利用とプライバシーや人権保護のあり方について、情報工学やELSIの観点から多角的・学際的に検討し、現行法上妥当な法解釈及び社会的コンセンサスに根差した適切な技術活用や施策形成を提案することです。そして、エビデンスに基づくガイドラインの作成や、国際的なルール形成への貢献をすることです。そのために具体的には、接触情報を用いるアプリによる実証研究とシミュレーションによりアプリを用いた場合の感染抑制効果等を評価すると共に、COCOAの課題を克服した次世代技術の検討を行っています。また、「携帯電話関連技術に関して、保護されるべきプライバシーの本質は何か、またプライバシーに対して公衆衛生上の要請による制約は法的・社会的にどこまで許されるのか」「どのような仕組み・範囲であれば社会に受容されるのか」など、公衆衛生とプライバシーの均衡点について、携帯電話関連技術の利用に関した技術的な観点・実証的検討や評価,法理論上の争点・課題の検討のみならず、一般生活者への実態調査などを実施し、社会対話も行いながら、技術的・倫理的・法制度的・社会的課題に関する検討を行っています。

米村 滋人 教授

 世界はCOVID-19という未曾有の危機を経験し、そして今もなお様々な困難に直面しています。今回の報告会は一部のプロジェクトの中間報告ではありますが、COVID-19の経験で得られた教訓を活かして再び新興感染症が発生した際にパンデミックにつなげない社会を構築するために、最前線の現場に接する研究者の視座からELSIの論点を多角的に考え、社会技術の研究と開発に努めるRISTEXの役割の一端をお示しすることができたのではないでしょうか。

国立研究開発法人 科学技術振興機構 社会技術研究開発センター(JST-RISTEX) 
広報担当