[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

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RISTEX・HITE領域/森ビルアカデミーヒルズ コラボイベント「科学はデジタルにのまれるのか」開催レポート

(2023年1月16日)

はじめに

 国立研究開発法人科学技術振興機構 社会技術研究開発センター(以下、RISTEX)は、現代社会が直面する社会問題の解決および科学技術の倫理的・法制度的・社会的課題(ELSI)への対応を通して、新たな社会的・公共的価値を創出するための研究開発を推進しています。

 今回は、RISTEXの「人と情報のエコシステム」研究開発領域と森ビルアカデミーヒルズのコラボイベントについてご紹介します。

 

「人と情報のエコシステム」研究開発領域(HITE)

https://www.jst.go.jp/ristex/funding/hite/index.html

 本領域(略称HITE)は、情報技術と人間のなじみがとれている社会を目指すために、情報技術がもたらすメリットと負のリスクを特定し、技術や制度へ反映していく相互作用の形成を行っています。2022年11月29日、本領域と森ビルアカデミーヒルズのコラボイベント「科学はデジタルにのまれるのか ~研究DXの現場から科学における人間の役割を問い直す」が開催されました。

 

人と協調し新たな価値を生む未来社会の実現に向けて

 両者はこれまでも、都市の在り方や社会規範、生きていく上で拠り所になる思想や哲学にまで及ぶ議論をしてきた「混沌(カオス)を生きる」シリーズを開催してきた。今回は、昨今期待が高まっている研究DXをテーマにし、デジタル技術による科学的発見の加速は科学における人間の役割をどう変えるのか、科学はデジタルにのまれてしまうのか、といったことに目をむけ、有識者を交えた議論を行った。

 冒頭、モデレーターの設楽悠介氏からメンバーが紹介された。理化学研究所で生命機能科学研究センター チームリーダーを務める高橋恒一氏、一橋大学 法学研究科 教授の角田美穂子氏、ブロックチェーン開発者でCryptoeconomics Lab創業者の落合渉悟氏、テクノロジーと人がかかわる問題にコンセプトを置いた作品を多数手掛けスペキュラティブデザインを提唱するアーティスト・デザイナーの長谷川愛氏と、分野も多様な専門家たちが登場し、トークテーマに対してそれぞれのフィールドから議論を繰り広げた。

 

科学研究の現場におし寄せる大波:DXとAI駆動

 最初のトークテーマは、研究DXの最前線。

 高橋氏によると、例えば生命科学の研究現場では、職人的技術が必要とされる作業も多く、人間が介在する以上、再現性には限界があった。その課題を解決するものとして、生命科学の実験にロボットを導入する“ロボティック・バイオロジー”に注目が高まっていて、ロボットが導入されることで24時間・365日と加速度的・安定的に実験回数を増加させることが可能にもなる。これによって新しい発見を生み出す可能性が高まり、科学研究の未来を切り開くものと期待されているそうだ。

 かつて、ペスト(黒子病)の蔓延により労働力が急激に減少したことから、それにより賃金の上昇が発生し人手を省くための装置開発が各分野で進んだことでグーテンベルクが活版印刷を発明したように、社会情勢から技術革新が発展したというのは今に始まったことではない。同様に、昨今のCOVID-19感染拡大は学術の在り方にも影響を与え、行動制限によるリモート化、技術革新の要請、研究現場のIoT化やネットワーク化など、科学研究のDX、AI駆動が加速してているようだ。

 AIが進歩するためには大量の学習データが不可欠なため、将棋や囲碁のように、対象とする世界が明確に定義されている場合はAIが自ら新たな手(データ)を創造することができるが、さらに科学技術を発展させるためにはAIの自律性自体の発展も必要だ。

 AIの技術発展というものに対する法的解釈はどうなのか。法律を専門とする角田氏は、法律はデジタルに飲み込まれないという推測を述べた。角田氏によると、人間社会は約4,000年前、科学技術の発展よりもはるか昔から法裁判によって統治されてきた。さまざまな社会的経済的変化が起こる中で法律は進化を遂げてきた。デジタル化についても法律の専門家たちにとっては、法律を進化させるツールとなると捉えているが、AIによる代替はできないと考えているそうだ。判例をデータベース化して使用することはあっても、人間に代替する「法的な推論や判断」をするまでには至らない、と現時点では考えられているそうだ。実際、電子国家先進国のエストニアで2019年に裁判官をロボット化する取り組みがあるというニュースが出たが、2022年2月、司法省が誤報であるとわざわざ否定している。

 長谷川氏は、実験における倫理的な問題に触れた。

 歴史的にみても、人間はライフサイエンスの発展において“実験倫理”という議論を重ね、世界中でさまざまな枠組みが策定されてきたが、この枠組みというのは、枠組みを定める人間の価値観や欲望に委ねられる。今では人権問題の一つとして認識されている “セクハラ”が日本で初めて問題として法廷で争われたのは1989年。それまでは問題意識もなく「性的な言動」により就業環境が害されたり労働条件において不利益を受けたりすることがあった。さらに数年前までは裁判で立証することも難しかった。海外では、アフガニスタンの実権を握っている武装勢力タリバンよって、女性への教育を停止することが発表されたというようなことも起きている。

 動物実験やクローンといった言葉を耳にしたことがあると思うが、動物実験の議論のひとつとして、ロボットが実験をする、キラーロボットを生み出して良いのかという議論もあれば、一方でロボットの方が被験動物の苦痛を最小にできるのではないかという議論もあるが、最終的にはその判断は人間の価値観に委ねられている。科学という行為の主体者はあくまで人間である。未来にはAIが研究の目的自体を提案するということも想定されているが、初期段階では人間がAIのミッションの設定をし、AIが導き出したものを人間が価値観を踏まえて判断するという主体性は当面は変わらないだろう。

 

DXは産業と人材像をどう変えるか?

 ここで改めてデジタルトランスフォーメーションというものについて触れられた。

 DXという言葉は学術界ではなく産業界で生まれた言葉であるため、明確に定まった定義がない。高橋氏によると、デジタル技術の存在を前提に業務プロセスを考え直すことではないか、ということ。「考え直し」を行うことで、しばしば組織構造や組織文化の変革まで踏み込む場合が多いためトランスフォーメーションになる。インターネット時代のデジタル化は、Googleのミッションステートメントが表すように、世界にはすでに多くのビッグデータがあり、すでにあるビッグデータを整理しアクセスできるようにし、そこにユーザーが新たな書き込みを加えていくということを前提としていた。だが実はビッグデータは無限に出てくるわけではないから、AI時代には、現場がデータを生み出す仕組みが必要で、これを研究現場に落とし込むと、実験科学のDXというのは、研究室での一連の作業全てが対象となる。

 社会が情報化したことで仕様や要求が変化するようになり、そのニーズに合わせてあらゆる分野でも変化が出てきている。産業分野では、工業化社会で主流とされていたウォーターフォール開発から、ソフトウェア開発のような柔軟性高く反復しながら開発していくアジャイル開発が着目されるようになった。製造業においても、イーロン・マスクが大量生産現場でもアジャイル開発が通用することを示した。

 2022年5月に経済産業省が2030年、2050年の未来を見据えた「未来人材ビジョン」を発表した。それによると、デジタル化の加速度的な進展や、脱炭素化の世界的な潮流は、これまでの産業構造を抜本的に変革するだけではなく、労働需要のあり方にも根源的な変化をもたらすことが予想され、「旧来の日本型雇用システムからの転換」と「好きなことに夢中になれる教育への転換」が必要とされている。これまでは「注意深さ・ミスがないこと」や「責任感・真面目さ」が重視されてきたが、次の社会を形づくる若い世代に対しては、「常識や前提にとらわれず、ゼロからイチを生み出す能力」や「夢中を手放さず一つのことを掘り下げていく姿勢」「グローバルな社会課題を解決する意欲」や「多様性を受容し他者と協働する能力」といった根源的な意識・行動面に至る能力や姿勢が求められるようになる。

 次の時代に求められる科学者・技術者像はどう変化するのか。高橋氏の考えでは、21世紀に求められているのは「内発的動機(腹落ち感)」「社会課題意識」「機敏さ」「開放性」「専門性」などではないかとのこと。落合氏によると、ブロックチェーンやスマート・コントラクトのようなソフト開発においても、記名ではないから適当な仕事をするケースもあるというが、専門的職業であるからこそ倫理規範や価値観は重要なポイントであり、責任感を持ち自発的に動くことが求められている。アート分野では、AIやMidjourney(ミッドジャーニー)のようなツールの誕生により、ビジュアル的なアートが大量生産できるようになった。“アーティスト”の定義も、プロデューサーや、NFTでの販売を目的とした役割も出てくるなど、不明瞭になっているという。分野は様々であるがDXが社会に与える変化は多様である。

 その後のディスカッションでは、近現代を支えてきた「人間性神話」の終焉による自由意志や人権、民主主義という価値観の変質の可能性、AIの自律性など、パネリストたちそれぞれの専門的な視点から示唆に富んだトークセッションが繰り広げられた。ビッグデータを活用した人工知能、ロボット、IoTなどの情報技術の急速な進歩により、より豊かで効率性の高い社会が実現されるとの期待が高まっている一方、情報技術がもたらしうる社会の変化や様々な問題が想定される。しかし、代替されて奪われるだけとはならない。ある研究では、産業用ロボットの導入で欧米では雇用が減少したが、日本においては増加したという研究結果も出ている。

https://www.jst.go.jp/ristex/output/example/needs/08/hite_kawaguchi.html

 

 生産性の向上や労働不足の解消などを期待される情報技術が今後も多様な分野に生かされ発展するのは間違いない。そこで大切なのは、多様な研究開発において「ELSI: “Ethical, Legal, and Social Implications” (倫理的、法的、社会的課題) の観点を忘れず、人間を中心とした視点で捉え直し、人間とのなじみが取れ新しい価値観を生み出す社会の実現に向けて、技術や制度を協調的に設計していくことなのだろう。

 

関連情報

RISTEX「人と情報のエコシステム(HITE)」研究開発領域

森ビルアカデミーヒルズ

国立研究開発法人 科学技術振興機構 社会技術研究開発センター(JST-RISTEX) 
広報担当