[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

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文系と理系のカベを越えるために―自然科学と人文・社会科学との連携方策―

(2018年12月15日)

はじめに
 私たちは、文系と理系に区分された社会の中で暮らしているといえそうです。中学や高校での進路選択に始まり、特に大学教育や研究の世界では、近年は文系・理系の枠に収まらない領域もみられるものの、文系か理系かの区分が根強く残っています[1]。

 しかし、21 世紀の社会は、気候変動や感染症など複雑化し地球規模の広がりを持つ課題を抱えており、人工知能(AI)の発展など科学技術が社会にもたらす影響も、これまでになく大きくなっています。こうした状況の中で、理系の知識だけでは課題を解決できないという問題意識が、特に、理系の研究開発を推進してきた当事者である「科学技術イノベーション政策」の担当者の間で持たれるようになっています。例えば、科学技術イノベーション政策の基本方針を記した第5期科学技術基本計画では、自然科学(理系)と人文・社会科学(文系)との連携が必要であるという記述が複数の箇所に見られます。

 では、自然科学と人文・社会科学との連携は、どのようにすすめていけばよいのでしょうか。ここでは、双方の連携を具体化するための方策(連携方策)として、科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)で検討したもの[2]を紹介します。

 

連携の形と深さ
 連携方策を検討するには、そもそも、どのようなものを連携と呼ぶのかが明らかになっている必要があります。今回の検討では、「文理融合」を指向した学際的な研究だけでなく、次のような多様な形と深さの取り組みを「連携」であるとしました。(図1)
  レベル1:異分野の研究者・実務家からアドバイスを受ける
  レベル2:異分野の既存の知見や研究方法を利用する
  レベル3:ビジョンや目標を共に検討する
  レベル4:ビジョンや目標を共有した上で;
    レベル4-1:各分野で研究し、成果の統合的活用を目指す
    レベル4-2:統合的なテーマを設定して研究する
  レベル5:異分野の専門知識を身につける/異分野に越境する
  レベル6:学際的な研究テーマを設定して研究する

 

連携が必要とされる3つのフェーズ
 次に、何を対象として「連携」が必要とされるのかを、次の3つのフェーズからとらえました。研究活動そのものだけでなく、社会的な課題を見つけ出したり、研究成果を社会に浸透させるための活動にも、連携が必要とされます。
  フェーズ1:社会的課題の探索・設定や社会ビジョン描出
  フェーズ2:研究開発活動
  フェーズ3:研究成果の実装を視野に入れた取り組み
 これらは、社会との相互作用の中でとらえた研究開発プロセスと対応づけると、図2のように示すことができます。

 

6つの連携方策
 以上を踏まえた上で、次の6つの自然科学と人文・社会科学との連携方策を提案しました。
  提案① 連携をめぐる課題等を共有し、提案②~⑥の実施に活かす
  提案② 場づくりやネットワーキングの活動を広げ、定着させる
  提案③ 社会的課題の探索・設定や社会ビジョン描出の活動を広げ、定着させる
  提案④ 連携が必要とされる研究開発活動を支援する
  提案⑤ 研究成果の実装を視野に入れた取り組みの円滑化をはかる
  提案⑥ 連携のための基盤として、組織と個人の力を高める

 提案①は、連携方策の担い手である政策担当者や研究者が持つべき基本的な考え方を示したものです。ここでいう「連携をめぐる課題」としては、双方の連携を難しくしている要因―例えば分野による研究方法や用語の違い、異分野間のコミュニケーション不足など―に加え、「連携の必要性が自然科学から発せられるため、人文・社会科学は積極的になりにくい」ことがしばしば指摘されます。

 提案②は、これらの課題への対応策となっており、異なる分野の研究者がお互いの問題意識や研究テーマについて知ることができるイベントなどを盛んにしようというものです。こうした取り組みの先行事例として、京都大学や大阪大学で開催されている研究交流会があります。また、総合地球環境研究所では、研究プロジェクトを進めるプロセスに、こうした取り組みを組み込んでいます。

 提案③~⑤は、上で述べた3つのフェーズにそれぞれ対応しており、連携が必要とされるところを政策や研究機関の取り組みとして支援していきましょう、というものです。

 提案⑥は人材育成に関するもので、複数の分野の知識を統合的に活用できる能力の基盤となる教養教育の重要性などを提案しています。該当する先行事例として、東京工業大学での大学院生も対象にした教養課程の設置(2016年)があります。

 

おわりに
 これらの提案は、自然科学と人文・社会科学とが連携した先行事例、双方の分野の研究者へのインタビューやワークショップでの議論に基づいてまとめたものです。これをきっかけとして、自然科学と人文・社会科学との連携を具体化していく議論を、さらに広げていきたいと思います。

 

参考資料
[1]隠岐さや香『文系と理系はなぜ分かれたのか』星海社、2018年.
[2]科学技術振興機構研究開発戦略センター『戦略プロポーザル 自然科学と人文・社会科学との連携を具体化するために-連携方策と先行事例―』(CRDS-FY2018-SP-01)、2018年10月.(http://www.jst.go.jp/crds/report/report01/CRDS-FY2018-SP-01.html

 

科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)
科学技術イノベーション政策ユニット フェロー 
前田 知子

 

前田 知子(まえだ ちかこ)
 1982年3月お茶の水女子大学理学部化学科卒業。同4月、JSTの前身の1つである日本科学技術情報センター入社。化合物データベースの開発などに従事した後、現職。課題解決型の研究開発戦略の策定などに携わる。専門は科学技術イノベーション政策、科学技術・学術情報流通。博士(政策研究)(2010年政策研究大学院大学)。千葉大学非常勤講師(2011~2015年)