[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

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市民の様々な視点から社会問題をとらえる ~RISTEX「社会問題の俯瞰調査」令和元年度調査結果のご紹介

(2020年7月01日)

はじめに

  社会技術研究開発センター(RISTEX)[1]では、複雑な社会問題の構造を把握するためにデータを収集し、様々な視点からその重要度を可視化する社会問題の俯瞰調査(以下、俯瞰調査)に取り組んでいます。平成22年から継続実施してきた同調査は、RISTEXが取り組む研究開発戦略の方向性の確認、更には産学官における技術戦略策定やSDGs戦略策定など広くご活用いただくことを念頭に置いて進めています。

 既に平成29年度の調査結果についてご紹介しましたが[2]、ここではその最新結果(令和元年度。但し、新型コロナウイルス感染症拡大の直前に実施した結果)について簡単にご紹介したいと思います。

 

俯瞰調査の概要

 俯瞰調査は大きく下記の2つのパートで構成されています。

  1. テキストマイニングによる社会問題を表現するキーワードの抽出・選定
    • 白書・新聞のデータベース化とテキストマイニングによる社会問題を表現するキーワードの抽出・選定
    • キーワード間の関係性の分析
  2. 各キーワードに対する意識調査による社会問題の実態把握
    • 各キーワードに対するwebアンケート調査の実施
    • 各キーワードの注目度を性別、年代別、地域別、年収別などの属性毎の傾向を分析

 以下では、その具体的な内容について記載します。

 

テキストマイニングによる社会問題キーワードの抽出

  多岐に渡る社会問題を網羅しながら最新のトレンドを客観的に把握するため、大規模な文献データの収集およびテキストマイニングによる分析を行っています。

 図1に示すように、令和元年度の調査では各省庁が発行する白書(44種類、直近2年の87白書)と、新聞(日本経済新聞社と読売新聞社による2017年~2018年の記事)を対象として、出現頻度の高い社会問題キーワードを一次的に抽出しました。更に類義語統合やシソーラス(=単語の上位/下位関係、同義/類義関係を示す辞書)による抽象度の調整、単語共起頻度(=同じ文章内に異なる単語が出現する度合い)に基づく関連付けなどを経て、最終的に109個の社会問題キーワードを抽出しました。合わせて、各社会問題キーワードが具体的にどういった政策や事例に係るものかを示すため、これらが含まれる原文から代表的な文章を抽出し、一覧化した「集約化社会問題テーブル」を作成しています。

図1 社会問題キーワードの抽出フロー

 

意識調査による社会問題の実態把握

  意識調査の目的は、社会問題キーワードが一般市民にどのように認識されているか、また性別・世代・地域といった属性に特有の社会問題は何かを把握することです。約6,000名を対象とし、身近な問題/日本社会にとっての問題といった影響範囲の視点や、社会問題の難易度/重要度などの視点での意識を把握できるよう質問を設計し、WEBアンケートを実施しました。以下ではその結果の一部を紹介します。

 図2は、【身近で重要】かつ【日本社会にとって重要】と認識された社会問題を可視化した俯瞰図です。各ノード(円の部分)が社会問題キーワードを表し、大きさが回答数にほぼ比例しています。ノード間を接続するリンク(線の部分)は各社会問題キーワード間の共起頻度に基づく関連性を示し、リンクが太いほど共起頻度が高いことを表しています。令和元年度は、「高齢化」「地球温暖化」「連続する台風/豪雨」が特に重要と認識されており(赤字)、平成29年度に比べると「所得格差」「貧困化」「サイバーセキュリティ対策」が顕在化している(青字)、といった特徴をビジュアルに確認することができます。

図2 社会問題の俯瞰図

 

 更に詳細な分析例を示します。図3は109個の社会問題キーワードを、2つの設問の回答結果を評価軸としてポジショニングしたものです。

・縦軸:あなた自身に直接関係するかどうかに関わらず【日本社会にとって重要】
・横軸:あなたにとって【身近で重要】
(それぞれ平均を0とし、標準偏差を単位としてポジショニング)

 縦軸は普遍性、横軸は当事者性の高さを示すと考えられます。

 例えば、医療分野の各キーワード群(「ストレス」「がん」「生活習慣病」「新型インフルエンザ」「感染症」「メンタルヘルス」など)は【身近で重要】な問題として認識されている一方、【日本社会にとって重要】であるとの認識はやや低く、特に当事者性が高いキーワード群であると考えられます。これからの環境変化(新型コロナウイルス感染症の影響等)によってポジショニングは大きく変わると思われ、時系列の分析も加えることで、更に新たな示唆が得られると考えています。

図3 社会問題キーワードのアンケート結果によるポジショニング

 

 次に、各社会問題の性別/年代別/地域別/年収別などの属性に関する傾向を分析し、社会問題の部分的な構造抽出を行った例について述べます。

 図4は、10-40代が回答した上位キーワードの「意識度合い」と「無関心度合い」をまとめたものです。「意識度合い」とは、各キーワードに対する【身近な問題】~【非常に深刻な問題】それぞれの回答比率の、各世代と全世代平均との差であり、図中のオレンジ網掛け箇所は「意識度合い」が全世代平均より10%以上高く、各年代で特に高く意識されているキーワードであることを示しています。また、「無関心度合い」とは、各キーワードに対する【問題でない・わからない】【解決されつつある問題】の平均回答比率の、各世代と全世代平均との差を表しています。

 例えば「働き方改革/ワークライフバランス」を見ると、20代・30代の意識度合いが高く、60代・70代の無関心度合いが高いことが分かります。一方で「ストーカー」「性犯罪」(青字)を見ると、10代において意識度合いが高いこと、しかし同時に無関心度合いも高いという複雑な結果となりました。そこで更に「性犯罪」に関して10代の男女を比較したところ、男性では意識度合いが低く、かつ無関心度合いが高い一方、女性では意識度合いが高く、かつ無関心度合いが低いという男女間のギャップを確認することができました。

図4 10-40代の上位回答社会問題キーワードに関する分析

 

 上の例のように俯瞰調査においては、全体傾向の分析に加えて、設問の違いや、世代別・地域別など属性の違いに着目したクロス分析を実施することで、複雑に関連し合う社会問題の全般的なトレンドや部分的な構造の可視化を行っています。

 

おわりに

 新型コロナウイルス感染症の拡大により、私たちはこれまで想像できなかった未曾有の社会変化を体験しています。今後新たに発生する社会問題や、より顕在化する社会問題を明らかにするため、今年度RISTEXは3ヶ月毎に計4回の意識調査を実施し、結果を適宜発信していきたいと考えています。

 その初回調査を令和2年6月下旬に実施しました。調査結果を現在集計・分析中ですが、【身近で重要】な社会問題キーワードの上位3つは「感染症」「高齢化」「地球温暖化」であることがわかりました(令和2年1月実施の前回調査では「高齢化」「地球温暖化」「高齢運転者」)。「感染症」が特に際立って上昇しており、他にも「熱中症」「観光・宿泊業対策」「風評被害」などが上昇しています。詳細は後日RISTEXホームページにてご報告しますので、ご期待下さい。

 今後とも、俯瞰調査の成果を是非ともご活用いただき、RISTEXへ更なるご要望などフィードバックをいただけると幸いです[3]。

 なお、調査結果を広く活用していただくため、報告書やバックデータを無償でご提供しています[4]。各報告書の最終ページにご利用方法や問い合わせ先を記載してありますので、お気軽にご連絡ください。

 

 

(参考)

[1] 社会技術研究開発センター(RISTEX)https://www.jst.go.jp/ristex/(2020年7月1日時点)

[2] RISTEXにおける社会問題の俯瞰調査への取り組み、つくばサイエンスニュース(2019年7月1日)https://www.tsukuba-sci.com/?column01=ristex%e3%81%ab%e3%81%8a%e3%81%91%e3%82%8b%e7%a4%be%e4%bc%9a%e5%95%8f%e9%a1%8c%e3%81%ae%e4%bf%af%e7%9e%b0%e8%aa%bf%e6%9f%bb%e3%81%b8%e3%81%ae%e5%8f%96%e3%82%8a%e7%b5%84%e3%81%bf

[3] お問い合わせ先等
国立研究開発法人科学技術振興機構 社会技術研究開発センター 企画運営室
・お問い合わせ(https://www.jst.go.jp/ristex/form/index.html

[4] 社会問題の俯瞰調査
 https://www.jst.go.jp/ristex/internal_research/survey/index.html(2020年7月1日時点)

 

科学技術振興機構(JST)社会技術研究開発センター(RISTEX)
アソシエイトフェロー
林 広幸

 

林 広幸(はやし ひろゆき)
1989年東京理科大学理工学部卒業。民間シンクタンクにて産業技術・イノベーション政策等にかかわる調査研究、および環境・エネルギー技術を中心とした新興国への技術移転プロジェクトに携わる。2020年より現職。社会問題の俯瞰調査などを担当。