[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

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人工知能(データ科学)×〇〇(2)人工知能×マテリアル ~物質・材料研究開発とマテリアルズ・インフォマティクス~

(2018年1月01日)

 先端的な材料は自動車や航空機からスマートフォンまで身の回りの製品にたくさん使われており、これらの高機能化、小型化に貢献することで社会を豊かなものにしています。日本は物質・材料の研究や製品化において、世界を牽引してきました。従来、経験と勘に基づき片端から物質を作って物性を計測する、あるいは幾多ものプロセスを試すといった日本人らしい細かい作業を積み重ねてきた結果です。しかしながら研究室で新発見された先端物質が実用化され市場に出るまでには一般的に10-30年という長期間を要する状態が続いています。一方で、この20年ほどでコンピュータ(計算機)がハードウェア、ソフトウェアともに驚異的な進化を遂げ、ひと昔前は部屋一室くらいの大きさのコンピュータで行っていたことが今はスマホで行えるようになっています。そうなるとコンピュータを使ってもっと出来ることがあるのではないか、と考えるのが自然ですね。

 「マテリアルズ・インフォマティクス」とは、物質・材料に関わる研究に計算機、特に第3の科学と言われる「計算科学」、さらには新しい視点として第4の科学と言われる「データ科学(機械学習)」)を使う研究手法の総称で、「データ駆動型物質材料研究」とも言われます。
 数年前、日本のある自動車会社が従来の実験中心の手法で5年ほどかけて開発したリチウムイオン全固体電池の材料を、韓国のサムソン社と米国のMIT(マサチューセッツ工科大学)はデータ駆動型の手法を使って1年ほどで見つけたと発表しました。この件では日本の自動車会社による特許出願がごく僅かの差で先でしたが、マテリアルズ・インフォマティクスによって物質・材料開発にゲームチェンジが起こりうることを示唆するエピソードです。

 「計算科学」と「データ科学」はインフォマティクス(計算機を使って情報処理を行う手法の総称)として同じようにとらえられがちですが、前者は物理化学法則(モデル)に基づいて現実世界をシミュレート(再現)するものであり、後者は現実世界で得られるデータ群から特徴量(モデル)を抽出しましょう、というまったく正反対の領域になります。
 材料開発に計算科学を使う試みは2000年頃から試行錯誤されてきましたが、計算機能力の進展に伴い、2010年頃になって大学や企業の研究者が計算科学を用いて研究を行うことが一般的になってきました。
 例えば、計算科学の手法の一つに「第一原理計算(量子化学計算)」というものがあります。分子(化合物)を構成する原子の電子状態(量子力学法則)から、その分子の振る舞いを計算機上で再現しましょうというものです。また「分子動力学法」という手法は、原子や分子の集団運動を扱う(力学法則に従ってその時間発展を求める)ことにより分子の振る舞いを再現しましょうというものです。原子分子の振る舞いは、当然人の目では見えませんし、顕微鏡など最先端の計測機器でも捉えられないことがありますので、そうした非常にミクロなレベルでの分子の特性を理解するために研究、利用されています。ミクロなレベルで物質・材料を制御することによって、とてもいい性能の材料ができることがあるのです。例えば、自動車用のタイヤに用いられる高機能なゴム材料の開発には、ゴム内部の分子レベルの詳細な材料シミュレーション技術が用いられています。ゴム内部の分子の構造は不均質で偏りがありますが、この分子の動きや相互作用をシミュレーションすることによって、タイヤの性能のメカニズムを解明することができるようになってきました。

 一方、データ科学(機械学習)については2010年代初頭以降、AIブームの牽引となって新しい技術がどんどん生まれ、材料開発においてもデータ科学を使って研究を加速することができないかという潮流が出てき始めました。現在行われている研究の具体例として下記のようなものがあります。
 例えば蓄電池材料の開発では、優れた特性を持つとわかっているいくつかの化合物と物性のデータセットを第一原理計算で作り出し、そこから機械学習により特徴量(モデル)を抽出し、この特徴量を満たす未知の結晶構造や化合物を機械学習の一手法である「ベイス最適化」という手法でスクリーニングすることで新しい電池材料を探索しようという研究が始まっています。また触媒の開発において良い触媒がどういう要素をもつのか活性因子を推定するといった研究がデータ科学(機械学習)を用いて行われています。
 有機化学の分野では、第一原理的な計算科学を使うのではなく、データ科学の一手法である「グラフ理論」や新しい「ニューラルネットワーク」を用いて、分子の物性を予測したり、有機合成の研究において反応物から生成物を予測するといった試みが行われています。具体的には、有機ディスプレイ用の材料開発のために、ある特性を満たす分子(化合物)を計算機に網羅的に予測させる等の事例があり、今後創薬などへの応用が期待されます。最近ではGoogleやIBMがこの分野の研究に参画しています。

 このように物質・材料研究においては、計算科学とデータ科学の組合せによって新しい研究の潮流が出てきています。材料開発を得意としてきた多くの日本企業が関心をもっていて、実際に自社に取り入れる企業も増えてきています。今後さらに多くの研究者がこのような手法を取り入れて、新しい発見が出てくること、また研究室での新発見から材料として実用化されるまでの時間やコストが大幅に削減されることが期待されます。

 

【参考資料】
JST CRDS研究開発の俯瞰報告書「ナノテクノロジー・材料分野(2017年)3.5.5 データ駆動型物質・材料開発(マテリアルズ・インフォマティクス)、および3.6.3 物質・材料シミュレーション」
https://www.jst.go.jp/crds/pdf/2016/FR/CRDS-FY2016-FR-05/CRDS-FY2016-FR-05_10.pdf
https://www.jst.go.jp/crds/pdf/2016/FR/CRDS-FY2016-FR-05/CRDS-FY2016-FR-05_11.pdf

JST CRDS戦略プロポーザル「データ科学との連携・融合による新世代物質・材料設計研究の促進 (マテリアルズ・インフォマティクス)」
https://www.jst.go.jp/crds/report/report01/CRDS-FY2013-SP-01.html

 

科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)
ライフサイエンス・臨床医学ユニット ユニットリーダー
島津 博基

 

島津 博基(しまづ ひろもと)
 大阪大学大学院理学研究科を修了後、科学技術振興機構に入社。産学連携のファンディング事業(プロジェクト管理)を担当の後、情報分野、ナノテク・材料分野、環境・エネルギー分野の調査分析、戦略立案を経て、現職。弁理士試験合格。