[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

つくばサイエンスニュース

ここに注目!

ルーマニアのこれから

(2019年12月15日)

欧州連合議長国

 欧州連合(EU)は、のマーストリヒト条約(1993年)によって設立されたヨーロッパの政治経済連合体です。1953年に6ヶ国からスタートした欧州経済共同体(EC)を基にして、現在23の言語を公用語として持ち、28の加盟国から構成されています。域内市民の直接選挙から選ばれる欧州議会と、加盟国の政府トップと欧州委員長ならびに欧州議会議長からなる欧州理事会が立法府の役割を果たしています。欧州理事会は、任期6ヶ月の輪番制で取りまとめを行う議長国がきまっており、前後合わせて連続3期の議長国が共同で各会議の運営や重要な政策課題の調整役を担うという制度になっています。2019年1月から6月はEU加盟(2007年)後初めてルーマニアに順番がまわり、オーストリア(2018年下半期)とフィンランド(2019年下半期)の協力の下で議長国を担いました。法案策定や会議開催だけでなく、議長国である間には、ルーマニア国内でさまざまなEUに関するイベントが催されました。筆者は6月に首都ブカレストで開かれたスマート・スペシャリゼーションに関するシンポジウムに参加してきましたので、その模様を報告します。

写真1 国会議事堂広場前に掲げられたEU議長国であることを示す横断幕

 

EU加盟国ルーマニアの現状

 ルーマニアはドイツの黒い森を水源とする延長2,850kmの大河ドナウ川が黒海に注ぐバルカン半島の北に位置し、人口1,964万人はEU28ヶ国の中7位、国土面積23.8万kmは同9位で比較的規模が大きな国です(2017年)。世界銀行の統計によると、1989年に共産主義体制が終焉して民主化されてから現在までにGDPは5倍に、平均余命も69.7歳から75.3歳に伸びるなど現在、政治的にも経済的にも安定しています[1]。2017年、EUに拠出したのが12.29億ユーロ(1,536億円)、一方EUから助成されたのが47.42億ユーロ(5,927億円)で大幅な黒字になっており[2]、EUへの加盟は今のところルーマニアにとって大きなメリットがあったということができます。EUから受ける助成金の多くがEUの地域間格差解消のための補助金に当たるEU構造投資基金(ESIF)で、2014年から2020年の7年間に、総額およそ300億ユーロ(3兆7,500億円)を受け取ります。1人あたりの名目GDPは、EU平均が34,078ドル(375万円)に対し、依然としてルーマニアは10,757ドル(118万円)程度で約3倍の開きがあります。総研究開発費のGDPに対する割合はEU加盟28か国では最低の0.5%に過ぎず、EUの研究開発イノベーション助成プログラムHorizon2020(2014-2020年)においては、加盟国28ヶ国中23位、全体の0.9%程度しか受託できておらず、ほとんど存在感を示すことができていません。

図表1 2017年 研究開発投資対GDP比%(出典:Eurostat)

 研究開発投資が活発ではないことを背景に、ルーマニアは海外で研究する研究者が最も多い国の一つです[3]。加えてEU市民は域内での就労は労働ビザが不要なため、多くのルーマニア研究者が英仏独といったEUでも科学技術が進んでいる国で研究者として働いています。とりわけ研究開発への投資に消極的なのがルーマニア産業界で、対GDP比0.18%程度しか研究開発に資金を出していません。当然、アカデミアと産業界の連携も盛んとはいえず、公的研究機関で生まれた研究成果が産業化されにくいという悪循環に陥っています。

 こうした状況を打破するために、ルーマニア政府は2014年に研究イノベーション戦略(NSRDI2020)を公表し、イノベーション創出のための国家戦略を打ち出しました。先ずは2020年までに総研究開発投資を1%まで引き上げるという目標を打ち立てています。

 

スマート・スペシャリゼーション戦略

 一方EU側も、欧州委員会直属の政策シンクタンクである共同研究センター(JRC)によるスマート・スペシャリゼーション戦略(S3)というコンセプトを2014年からEU構造投資基金(ESIF)のうちのひとつ、欧州地域開発基金(ERDF)を受託するための前提条件としています。S3とは、国内や地域の優先事項、課題、および知識をベースとした開発のニーズに焦点を合わせ、イノベーション主導による成長のための地域政策を指します。企業、個人のステークホルダー、政策立案者などのさまざまな利害関係者が、地域の特性と開発の優先順位の識別をして[4]、各種統計や中立なデータに基づきながら、地域発で産業を起こしていくというボトムアップな取り組みです。初めから行政を取り込むことで行き過ぎた官僚主義や厳しすぎる規制をできる限り排除し、迅速なイノベーションを起こしていこうという試みです。補助金に依存し格差が埋まらない現状を克服し、産業創出のための環境整備を助成することでより効率的な支援を目指しています。先述のルーマニアNSRDI2020にも、国レベルで4つ、地方レベルで7つのS3に基づいた戦略領域が設定されました。ルーマニアの今後の動向に要注目です。

 

【参考】

[1]World Bank https://data.worldbank.org/country/romania

[2]https://europa.eu/european-union/about-eu/countries/member-countries/romania_en

[3]World Bank, 2014

[4]RSI S3 Guideline

 

科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)
海外動向ユニット フェロー
澤田 朋子

澤田 朋子(さわだ ともこ)

2000年ミュンヘン大学政治学部大学院修了(国際政治学専攻)。帰国後はIT系ベンチャー企業でウェブマーケティング事業の立ち上げに参加。専門は国際政治学、経済地理学。2013年より現職。