[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

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トランスディシプリナリー研究 -我々はどこまできて、どこへ向かうのか-

(2020年1月01日)

はじめに 
 人間社会と自然環境のかかわりがダイナミックに変化するなかで、人間活動に起因する自然環境と生態系の悪化は、地球上の様々な場所で顕在化しています。地球環境変動問題を抱え、大きな舵取りを迫られている我々の社会をいかに持続可能な社会に転換するのか、その道筋や手法の研究開発を推進するために、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)社会技術研究開発センター(RISTEX)は、平成26年度に「フューチャー・アース構想の推進事業 」を立ち上げました。
 この事業は、持続可能な社会の実現を目指す地球環境研究の国際的な研究プラットホームである「フューチャー・アース」注)の理念を基に日本における取り組みの一環として開始しました。このコラムでは、この事業のご紹介とそこで推進されている社会と学術の枠を超えた超学際研究(トランスディシプリナリー研究)について概要を報告します。

注)フューチャー・アース(Future Earth) は、地球環境研究の国際的な枠組みです。地球規模課題の解決を目指して、地球環境と人間活動が相互に影響しあう地球環境システムを理解し、持続可能な社会に転換するための研究を分野を超えて、社会の様々なパートナーとともに推進しています。 

1.トランスディシプリナリー研究とは 
 トランスディシプリナリー研究(超学際研究)は、文字どおり学問分野の隔たりを取り除き、更に社会と学術の壁を乗り越え、異なる立場や価値観をもつステークホルダーが協働で社会の課題解決に取組む研究です。「フューチャー・アース」においては、トランスディシプリナリー研究を下図のようにCo-Design(研究の協働設計)、Co-Production(知識の共創)、Dissemination of Results(知見の協働実施)の3つの段階に分けて説明しています。

(Future Earth,2013, Future Earth Initial Design)

 上図のCo-Designでは、研究者とステークホルダーが協働で地域の課題を抽出し、課題の優先順位づけを行い、研究対象とする課題を特定します。Co-Productionでは、課題の解決に向けて、利害の異なるステークホルダー(研究者含む)が意見交換を行い、相互に学び合い、課題解決までの道筋を検討します。そしてDissemination of Resultsでは、Co-Productionで共創された知識や方法を実際に協働で当該課題に適用します。そこで得られた疑問や新たな課題は、再びステークホルダーと共にCo-Designを行い、この一連のプロセスを繰り返します。このようにステークホルダーと協働で研究開発のプロセスを進めることで、ボトムアップにより現場の意見を反映させて、参加者すべてが主体的に取組む研究が可能となります。

2.トランスディシプリナリー研究とSDGs 
 さてここで、トランスディシプリナリー研究と国内外でその重要性が述べられているSDGsの関係性について考えてみましょう。
 気候変動問題をはじめ地球上の諸問題に対処し、持続可能な社会を目指すために2015年の国連総会で「持続可能な開発目標」が掲げられ、2030年までに解決を目指す17の目標が示されました。これらの目標の達成には、持続可能な社会への転換を促すための意思決定と行動が必要とされています。利害関係の異なる多様なステークホルダーによって有機的に構成された我々の社会システムをダイナミックに転換するには、科学が回答を示すという単純な構図ではなく、社会システムを構成する多様なステークホルダー自らによる意思決定とアクションが求められています。なぜなら持続可能性に関わる課題はローカルからグローバルレベルに至るまで多様なかたちで存在し、そこには異なる立場のステークホルダーが深く密接に関与しているからです(佐藤哲, 2018)。
 このような社会システムの下では、多様なステークホルダーの協働により課題の特定を行い、対策に向けた行動を支える知識を共創する必要があります。その研究手法の一つとして、いまトランスディシプリナリー研究が国内外で注目されています。以下では実際に社会と学術の垣根をこえて研究を進めている事業を紹介し、研究が内包する課題、将来的な方向性について考えていきます。

3.「フューチャー・アース構想の推進事業」の内容と成果 
 社会技術研究開発センター(RISTEX)が実施する「フューチャー・アース構想の推進事業」は、自然科学と人文・社会科学の強い連携の基、多様な社会のステークホルダーと協働で研究開発を進めるトランスディシプリナリー研究の実施を重視しています。具体的には、以下の2つのテーマにより公募を行いました。

テーマ1.日本が取り組むべき国際的優先テーマの抽出及び研究開発のデザインに関する調査研究 
テーマ2.課題解決に向けたトランスディシプリナリー研究の可能性調査

 テーマ1では、行政、産業界、専門家、市民と協働して645の日本が優先的に取組むべき課題の抽出を行い、これらの課題を107の課題と10のテーマに集約して国内、海外に成果発信を行いました。更に、成果創出につながった調査研究手法も併せて公開しています。
 テーマ2では、2019年8月に意思決定プロセスの探求を行う研究プロジェクトが終了し、トランスディシプリナリー研究に係わるいくつかの知見が得られました。そのうち、Co-Designに関して少しご紹介しますと、①研究プロジェクトが取組む課題のスケールと行政による制度的支援のスケールが異なる場合、ステークホルダー間でスケール設定にズレが生じやすく、問題のフレーム設定、緊急性に相違が発生する。②社会課題の優先順位づけの考え方は、ステークホルダー間で異なる場合が多い。大学、研究者は、自らの説明責任を明確にして根拠となるデータや考え方を関係者に示し、適切な説明を行うことが重要である。③ステークホルダー間でコンフリクトが生じる場合は、その大小が課題解決の難易度を左右する。研究者は、コンフリクトの解消に寄与する方向で中立性を保つことが必要である(矢原徹一, 2019)。
 この他、研究開発を実施中、あるいは終了したプロジェクトの報告書については、本事業のホームページをご参照ください。
 社会技術研究開発センター(RISTEX)「フューチャー・アース構想の推進事業」ホームページ https://www.jst.go.jp/ristex/examin/fe/fe.html

4.トランスディシプリナリー研究でわかってきたこと 
 ここでは、「フューチャー・アース構想の推進事業」における研究プロジェクトの成果を中心に、幅広くトランスディシプリナリー研究について得られた知見をご報告します。
 Tressら(2005年)は、インターディシプリナリー研究(学際研究)、トランスディシプリナリー研究(超学際研究)、マルチディシプリナリー研究(集学的研究)において、学術と学術以外のステークホルダーの関与とその統合(integration)の強弱を下図のように整理しています。ステークホルダーの多様性、統合性についてはトランスディシプリナリー研究が最も高いという結果になっています。
            Figure 2
(Mause et al., 2013, Transdisciplinary global change research: the co-creation of knowledge for sustainability, Current Opinion in Environmental Sustainability 5:420–431)

 一方、トランスディシプリナリー研究のCo-Designのプロセスには非常に時間を要することが分かっています。特に課題の特定と優先順位づけは困難で、ステークホルダー間の理解と調整が求められます。更に、ステークホルダー同士のコミュニケーションの難しさを乗り越えるために、相互理解をサポートするコミュニケーターの必要性、そしてそのコミュニケーターが異なるスケール・レベルで横断的に機能することの有効性がわかってきています(佐藤哲, 2018)。更に、このような取り組みを支える制度的支援、助成金などの必要性も指摘されています(矢原徹一, 2019)。
 研究プロセス上の課題では、成果を評価する基準が未だに整っていないこと、そして学会等の成果発表の場が十分にないことなどが一般的に言われています。
 このようにトランスディシプリナリー研究には、研究推進の過程で困難な側面があるものの、それを乗り越えた先には、ステークホルダー間の相互学習、人間的な成長、自発的な行動による取組みの拡大、人材育成、研究体制の構築と推進といった数多くの望ましい結果が期待できると考えられます。

5.今後の方向性 
 今後は、効率的で効果的なCo-Designの手法の深化が望まれるだけではなく、人々の行動や社会システムの転換を促すような社会技術の創出、そしてそのプロセスを加速する社会の仕組みづくりが必要ではないでしょうか。そのようなイノベイティブな社会技術を社会のステークホルダーと共に創出し、実践、改良を通じて新たな知が共創され、更なるイノベーションに繋がる。このような順応的プロセスが生じることは、トランスディシプリナリー研究の特徴であり、本研究の真の面白さと言えるでしょう。

終わりに 
 地球社会の課題を示すSDGsは、一方の課題を解決するともう一方の課題の状況が悪化するトレードオフの関係が指摘されています。SDGsの複雑な関係性を包括的に理解し、社会が直面する課題を解決するには、ボトムアップにより社会の多様なステークホルダーと協働で進めるトランスディシプリナリー研究は強力なツールとなり、SDGs達成に貢献することが期待されています。

 

参考文献
・矢原徹一(2019)『環境・災害・健康・統治・人間科学の連携による問題解決型研究 研究開発プロジェクト終了報告書』社会技術研究開発センター(RISTEX).
・佐藤哲・菊地直樹(2018)『地域環境学:トランスディシプリナリー・サイエンスへの挑戦』東京大学出版会.
・佐藤哲(2016)『フィールドサイエンティスト:地域環境学という発想』東京大学出版会
・Fam et al. (eds) (2017) Transdisciplinary Research and Practice for Sustainability Outcomes, Routledge
・Future Earth (2013) Future Earth Initial Design
・Mauser et al. (2013)Transdisciplinary global change research: the co-creation of Knowledge for sustainability, Current Opinion in Environmental Sustainability 5:420–431

 

関連サイト(令和元年12月25日時点)
・科学技術振興機構 社会技術研究開発センター「フューチャー・アース構想の推進事業」ホームページ https://www.jst.go.jp/ristex/examin/fe/fe.html
・日本学術会議フューチャー・アース ホームページ
http://www.scj.go.jp/ja/int/futureearth/index.html
・フューチャー・アース アジア地域センター 総合地球環境学研究所
http://www.chikyu.ac.jp/activities/future/
・フューチャー・アース国際本部事務局ホームページ(英語)
https://futureearth.org/

 

科学技術振興機構(JST)社会技術研究開発センター(RISTEX)
企画運営室調査員
佐藤利香

 

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佐藤利香(さとうりか)  
 
英国リーズ大学大学院卒業(Ecological Economics専攻)後、国立環境研究所でIPCC 第4次評価報告書の第2巻「気候変動 2007:影響、適応と脆弱性」の翻訳に従事。その後、シンクタンクで環境問題や再生可能エネルギーに係わる研究と国内外の動向・政策の調査などを行い、2015年より現職。RISTEXでは「フューチャー・アース構想の推進事業」の運営のほか、国際共同研究を進めるベルモントフォーラムの取組みにも協力。