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セイヨウタンポポが作物の品種改良に革新をもたらす!?

(2022年5月01日)

高知県の高原に生えていたセイヨウタンポポ。撮影:保谷彰彦

身近なセイヨウタンポポ

 ヨーロッパ原産とされるセイヨウタンポポは、世界各地に分布を拡大しています。日本も例外ではなく、セイヨウタンポポは日本各地に生えている身近な雑草です。

 その日本は世界有数のタンポポの多産地であり、種類が豊富な地域です。日本にもともと生えている在来タンポポは20種ほど。そこにセイヨウタンポポが持ち込まれました。その結果、セイヨウタンポポが分布を拡大し、さらにセイヨウタンポポと在来タンポポとの交雑により雑種タンポポが出現しました。いまでは雑種タンポポがセイヨウタンポポをしのぐ勢いで日本中に分布を拡大しています。

 このように、日本では外来植物としてのセイヨウタンポポに注目が集まることが多いのですが、それと同時に、多くの研究者がセイヨウタンポポを含めたタンポポ属植物の生殖の仕組みに関心を寄せてきました。その中でも、特にオランダの研究グループは、セイヨウタンポポの生殖の仕組みには、作物の品種改良において大きな可能性が秘められていると考え、研究を進めてきました。その可能性とは何か? という話の前に、タンポポの生殖の仕方について紹介しましょう。 

 

セイヨウタンポポのアポミクシス

 タンポポの生殖の仕方には、大きく2つのタイプがあります。一つは受粉して種子をつけるタイプです。これを有性生殖といいます。多くの植物では有性生殖はふつうに見られる生殖の仕方ですが、タンポポの場合には、少し事情が違っています。というのも、有性生殖するタンポポは、タンポポ属植物のうち 10%ほどとされているのです。有性生殖するタンポポは世界的には珍しいのですが、日本ではカントウタンポポやカンサイタンポポなど、身近な場所に生える在来タンポポで広く確かめられています。

 もう一つは受粉せずに、クローンの種子をつけるタイプです。この生殖の方法をアポミクシスといいます。タンポポ属植物の 90%ほどはアポミクシスする種であり、セイヨウタンポポや雑種タンポポをはじめ、在来タンポポでも多くの種で確認されています。

 少し難しい表現になりますが、アポミクシスとは、種子が形成される過程で減数分裂と受精が回避される生殖の方法であり、生じる種子は母植物と遺伝的に同じクローンです。アポミクシスは、顕花植物のうち120属約400種で確認されています。稀ではありますが、様々な分類群で確認されています。

 

作物への応用が期待されるアポミクシスの遺伝子

 アポミクシスは、農業の聖杯ともいわれます。なぜなら、アポミクシスはクローンの種子をつけるので、異なる2品種をかけ合わせるハイブリッド品種などで生じた優れた形質が、1つのステップで固定化され、そのまま親植物から種子へと伝わるようになるからです。

 もう少し詳しくみてみると、作物の育種では、優れた形質を持つ品種どうしを何世代にも渡って交雑させて、ハイブリッド品種を開発することがあります。しかし、たとえ優れた複数の形質を合わせ持った優良な品種が開発できたとしても、その種子を実らせるときに、有性生殖によって、優良な形質の組み合わせが分離してしまうのです。そのため、優良品種を栽培するためには、一代限りのハイブリッド種子を毎年のように作り続けなければならないわけです。

 もしアポミクシスを育種に利用できれば、種子生産のコストが下がり、ハイブリッド育種の利点が世界のより多くの作物にもたらさるという点で、農業に計り知れない価値をもたらすでしょう。しかし、このような利点があるにもかかわらず、作物の中にアポミクシス種はほとんどなく、育種による導入もうまくいっていません。

 

セイヨウタンポポの遺伝子をレタスに導入

 このような背景のもと、KeyGeneやワーゲニンゲン大学(共にオランダ)などの研究グループは、アポミクシスする顕花植物の約400種のうち、代表的な植物であるセイヨウタンポポを用いて、早くからアポミクシス遺伝子の研究を進めてきました。

 そして、今回の研究で、アポミクシスの主要な遺伝子を発見しました。この成果はNature Genetics誌に掲載されています。この遺伝子はPAR遺伝子と名づけられました。PARという遺伝子名は、卵細胞が受精せずに胚へと成長する過程である単為生殖(Parthenogenesis)を短縮したもので、単為生殖はアポミクシスの主要なプロセスの1つです。さらに、セイヨウタンポポのPAR遺伝子を、アポミクシス植物ではないレタスに導入しました。その結果、レタスは受精していないにも関わらず、卵細胞が胚へと成長し、単為生殖することがわかったのです。

 今回の発見により、近い将来、作物の育種に大きな革新がもたらされると期待されています。雑草の代表選手セイヨウタンポポには、世界の食料事情に大きな影響を与える可能性があるようです。

セイヨウタンポポの頭花。頭花の下部を包む、総苞(そうほう)という部分が強く反り返る。撮影:保谷彰彦
雑種タンポポの綿毛。セイヨウタンポポと同じくアポミクシスにより種子を形成する。撮影:保谷彰彦

 

【参考】

(1) Underwood C.J. et al. (2022) A PARTHENOGENESIS allele from apomictic dandelion can induce egg cell division without fertilization in lettuce. Nature Genetics 54: 84–93.

https://doi.org/10.1038/s41588-021-00984-y

(2) 保谷彰彦「雑種性タンポポの進化」『外来生物の生態学 ~進化する脅威とその対策~』 

 種生物学会 (編) 文一総合出版 p.217~246

(3) 保谷彰彦『タンポポハンドブック』文一総合出版

保谷 彰彦 (ほや・あきひこ)

文筆家。植物学者。東京大学大学院博士課程修了。博士(学術)。専門は植物の進化や生態。主な著書は、新刊『ヤバすぎ!!! 有毒植物・危険植物図鑑』『有毒! 注意! 危険植物大図鑑』(共に、あかね書房)、『タンポポハンドブック』(文一総合出版)、『わたしのタンポポ研究』(さ・え・ら書房)、『身近な草花「雑草」のヒミツ』(誠文堂新光社)。中学校教科書「新しい国語1」(東京書籍)に「私のタンポポ研究」掲載中。

https://www.hoyatanpopo.com