[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

つくばサイエンスニュース

ここに注目!

いろいろな「再生医療」 

(2019年3月06日)

 「再生医療」とは、病気やけがで失われたり機能しなくなってしまった組織や臓器を再生して、元の健康な状態へと回復させることを目指す医療です。最近ではニュースなどで「再生医療」という言葉を目にする機会も増えてきました。では、具体的には一体どのように「再生」させているのでしょうか?

 

生物に元々備わっている「再生」能力

 イモリは尻尾だけでなく、手足、あご、心臓、目の組織、脳まで再生できることが知られています。このような再生能力の高い生物の秘密が遺伝子にあるのではないかという観点から、ゲノム(遺伝情報)の解読が進められてきました。2018年1月には、イモリ同様に再生能力の高いアホロートル(俗に言うウーパールーパー)について、ゲノムを丸ごと解読したという報告がありました。再生能力の高い動物はゲノムのサイズ(塩基対の数)が巨大である(人間の10倍以上もある)ことや、繰り返し部分がとても多いこと、発生に不可欠な遺伝子の働きや種類が他の生物と異なることなどがわかってきており、こういった研究は今後、再生医療のヒントになる可能性があります。

 そして実は、われわれ人間にも再生能力はあります。古くなった皮膚が垢(あか)となって脱落しても、皮膚が薄くなったり無くなったりしないのは、常に皮膚が再生されているからです。切り傷や骨折も、新しい細胞が供給され自然に再生します。しかし、一度に大量の細胞を失って、供給される細胞の数が追いつかなくなったとき、自力では元に戻れなくなります。ここで登場するのが「再生医療」です。今回は、研究開発中のものを含めて、様々な「再生」の方法をご紹介します。

 

移植した細胞が体の一部になって「再生」

 自力での細胞供給が追いつかないなら、外から必要な細胞を補充してやろう、というコンセプトの再生医療があります。例えば、パーキンソン病では脳の中で「ドーパミン」という物質を作り出す神経細胞が減っていくことで、全身に様々な症状が出ることが知られています。ならば、足りないドーパミン産生細胞を追加してはどうか、というわけです。実際、2018年末に、iPS細胞から作った240万個のドーパミン産生細胞をパーキンソン病患者の脳に注射する治療が行われています。この治療はまだ「臨床試験」と呼ばれるテスト段階ですが、移植した細胞がきちんと脳の一部となって機能するか、今後症状がどれくらい改善されるか、注目されています。他にも、角膜、網膜、脊髄、心臓など、様々な部位の細胞を対象に、世界中で研究開発や臨床試験が行われています。このように、外から足りない細胞を補充する方法は再生医療の王道のように思われますが、細胞の種類をコントロールしたり、移植した細胞が排除されずに体の一部として機能するようにすることは難しく、皮膚や軟骨では実用化されているものがある一方、複雑な臓器で本格的に実用化するにはもう少し時間がかかりそうです。

 

移植した細胞の間接的効果で「再生」

 実は、細胞移植の効果は他にもあります。細胞は様々な物質を周りに放出しており、その中には、炎症を抑えたり、細胞の増殖を促したり、新しい血管を作る効果を発揮するなど、元々備わっている自己修復能力を高めるものがあることがわかっています。これを利用した再生医療があります。移植した細胞そのものはやがて体から排除されてしまいますが、細胞が出す物質によって環境が整えられ、その結果、自己修復能力が高まって再生する、というものです。細胞を使った再生医療製品で現在製品化されているものの中には、このようなタイプのもの(もしくは体の一部となるタイプとの合わせ技)が多いと思われます。

 細胞が放出する物質や自己修復のメカニズムについての研究も進み、どういう物質が効果を発揮するかが少しずつ分かってきました。すると、細胞移植ではなく、薬(タンパク質や低分子化合物)を使って自己修復能力を高められる可能性も出てきました。こちらはまだ研究段階ですが、今後の展開に注目です。

 

体内で細胞を直接「再生」

 次にご紹介するのは、機能しなくなった細胞そのものを復活させようというものです。最近、遺伝子や化合物の力で、ある細胞を別の細胞に変えてしまう方法(ダイレクトリプログラミング)が開発されています。例えば、心筋梗塞に関係のある「繊維芽細胞」を、心臓の筋肉「心筋細胞」に作り変える遺伝子や、成熟した肝臓の細胞を、肝臓の再生能力の元である「肝前駆細胞」に作り変える化合物などが報告されています。この方法はまだ研究段階ですが、体内で細胞を直接「再生」することに使えるのではないか、と注目されています。

 

足場を作ってあげて「再生」

 組織が大きく損傷すると、再生するにはただ細胞が集まるだけではなく、ある程度の構造を作らなくてはいけなくなります。そこで、足場を作って構造化を手助けしようという再生医療もあります。うまく足場を用意してあげると、細胞はそこに集まって来やすいのです。これには大きく2つの方法があります。ひとつは、コラーゲンなど生体に無害で吸収されやすい人工素材で人工的な足場を作るもので、歯や骨、神経などで実用化が進んでいます。もうひとつは、ヒトや動物の組織を利用するものです。特殊な処理(脱細胞化)をすると、組織から細胞を取り除いて”細胞のまわり”(プラモデルでパーツを取り終わったあとの骨組みのようなもの)だけを残すことができます。これを足場として利用するのです。この”細胞のまわり”には修復を促す環境を整える効果があることもわかってきていて、自己修復能力を高める方法としても注目されています。現在、緑内障や心不全の治療、筋肉や血管などの再生にむけて臨床研究が進んでいます。

 

遺伝子の力で「再生」

 つい最近、2019年2月にアンジェスという日本の会社が開発した「コラテジェン」という遺伝子治療薬が、足の血管を再生する薬として承認されました。重症の動脈硬化で血管がつまった足に、新たな血管を作る遺伝子を注射して治療するものです。他にも、体外に細胞を取り出してから特殊な遺伝子を細胞に追加して体内に戻す、という、細胞治療と遺伝子治療の合わせ技も開発されています。遺伝子治療は必ずしも「再生」を目指したものばかりではありませんが、遺伝子を比較的簡単に、かつある程度自由に操作する技術が開発されたため、近年大きな注目を集めています。

 

臓器を丸ごと「再生」?!

 再生医療の究極の目標は、臓器を丸ごと再生することでしょう。丸ごとの再生はまだ実現していませんが、部分的に機能する臓器のパーツを作ることにはすでに成功しています。細胞用の3Dプリンターを使う方法、細胞が自然に集まって形を作る現象(自己組織化)を利用する方法、脱細胞化した足場を利用する方法、動物の体の中でヒトの臓器を作る試みなど、様々な挑戦がなされています。これらの実用化にはまだ時間が必要ですが、臓器移植のドナー不足は深刻であり、将来的に臓器丸ごとの再生が実現できれば大きなインパクトがあることは間違いありません。

 

「再生医療」のこれから

 われわれの体内には自己修復に重要な「幹細胞」という細胞(いろいろな細胞の元となる細胞)があり、「再生医療」イコール「幹細胞の移植」とされる場合もあります。現在も幹細胞移植は再生医療の主役であり、実用化にむけた取り組みが世界中で行われています。同時に、細胞を用いない再生の方法も近年少しずつ登場しています。今回はこういった周辺の領域も含めた広い意味での「再生医療」全体をご紹介しました。それぞれの方法にはメリットとデメリットがあり、得意なターゲットと苦手なターゲットがあります。今後、医療として広く普及するためには、効果と費用のバランスも重要でしょう。それぞれの特性を見極めてベストな使いどころを見出すためにも、幅広い視点と、50年後、100年後を見据えた戦略が重要と考えます。

 

 

科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)
ライフサイエンス・臨床医学ユニット
佐々木 麻起子

佐々木 麻起子(ささき まきこ)
 東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。2013年JST入職。戦略的創造研究推進事業(CREST、さきがけ)担当、日本医療研究開発機構(AMED)出向を経て、2018年より現職。ライフサイエンス・臨床医学ユニットにて調査・提言活動に従事。