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洪水時に背を伸ばす!!「浮きイネ」のメカニズムを解明

(2018年9月01日)

図1. 水没に対する浮きイネの草丈の伸長(©黒羽剛・永井啓祐・芦苅基行)

 大洪水が発生したときに、多くの陸上植物には生き延びるすべがありません。長く水没すると呼吸できずに枯れてしまうからです。水田で栽培されるイネも例外ではなく、水没は枯死をもたらします。
 世界には、定期的に大洪水が発生する地域があります。例えば、東南アジアや西アフリカ、南米アマゾン川流域などです。雨期に河川が氾濫し、毎年のように大規模で長期の洪水が発生します。東南アジアでは地域によっては、水深が数mにもなる洪水が、4~5か月も続くことがあります。
 このような地域では、古くから浮きイネと呼ばれるイネ品種が栽培されてきました。浮きイネは水が浅いときには、通常のイネと草丈が変わらず1mほど。ところが、洪水で水位が上昇すると、1日に20~25cmほど茎の節間(せっかん)部分が伸長。水面に葉の先を出して呼吸し、生き延びることができます。この浮きイネの節間伸長は、多くの科学者を惹きつける現象ですが、その詳細なメカニズムは未解明でした。
 このほど、東北大学の黒羽剛博士や名古屋大学の芦苅基行博士たちの研究グループは、浮きイネの草丈が伸長するしくみを分子レベルで解明しました。この成果は2018年7月13日付のアメリカの科学誌『Science』に掲載されています。
 博士たちは、ゲノムワイド関連解析や連鎖解析という遺伝的な手法を用いて、浮きイネを含む68系統のイネを材料にして研究を進めました。そして、節間伸長の鍵をにぎる遺伝子としてSD1(SEMIDWARF1)遺伝子を発見したのです。この遺伝子から合成されるSD1タンパク質は、ジベレリン生合成の酵素です。ジベレリンには、植物の草丈を伸長させる働きがあります。
 一連の研究から、浮きイネの節間伸長でSD1遺伝子が果たす役割が明らかになりました。まず、水没した浮きイネでは、エチレンが合成され蓄積します。次に、エチレンによりOsEIL1aというタンパク質が蓄積。これがSD1遺伝子に作用して、SD1タンパク質が多量に合成されます。すると、SD1タンパク質により、ジベレリンが合成され、節間伸長が生じるのです。また、通常のイネにもSD1タンパク質が存在しますが、浮きイネのSD1タンパク質の酵素活性は、通常イネのそれよりも圧倒的に高いことがわかりました。
 SD1遺伝子は「緑の革命」をもたらした遺伝子です。1960年代以降、豪雨や台風などの強風でも倒れにくい、草丈の低いイネ品種が開発されました。そして化学肥料とともに利用され、高収量をもたらした「緑の革命」の立役者となりました。これらのイネ品種では、SD1遺伝子の機能が失われており、それによってジベレリン含量が低下して草丈が低くなっていたのです。一方、浮きイネではSD1遺伝子の働きを強めることで、洪水でも栽培できるイネとなりました。つまり、人類は同じ遺伝子の異なる変異を利用して、一方では草丈を低くする品種改良を進め、他方では洪水時に草丈が高くなる品種を開発してきたというわけです。

図2. 浮きイネの水没に応答した草丈伸長のメカニズム(©黒羽剛・永井啓祐・芦苅基行)
図3. イネの草丈とSD1遺伝子の関係(©黒羽剛・永井啓祐・芦苅基行)

 

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