[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

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「コンピュータは計算手」 少し視点を変えて

(2017年12月15日)

主人公キャサリンの近況(現在99歳、でもお元気そう。2016年に彼女の名前を冠した施設完成の時の画像)
彼女が1960年に書いた論文表紙と軌道飛行の説明図
提供:NASA Langley研究所

 人種や女性差別がまだ強かったアメリカで、三人の黒人女性たちが差別を乗り越えながら果敢に宇宙開発に携わっていく、2017年公開の映画「ドリーム」。今回は少し視点を変えて科学技術面から見た歴史の断面を見ていきたい。

 映画の中盤にこういったシーンがある。キャサリン、ドロシー、メアリーの三人の中で一番年上のドロシーが一冊の本を手に取る。本のタイトルは「FORTRAN(フォートラン)」若い方にはなじみが無くなったが、電子計算機の初期から技術計算用として広く使われたコンピュータ言語のマニュアル本だった。この場面は「計算手」が手動計算機を操作して技術計算をする「技能者=コンピュータ」という職種から、電子機器である「コンピュータ」を使いこなす技術者へと変わる契機となっていくことを象徴するシーンとなっている。

 1950年代終わりから1960年代の初め、NASAラングレー研究所。このころ電子機器であるコンピュータ(当時は皆が会社名であるIBMと呼んだ)が研究所に入り始めた時期、まだまだコンピュータは計算能力も台数も限られていたので、設計のための多くの計算や、膨大な軌道/航法などの解析は彼女ら「計算手」が手動式の計算機を操作することによってなされていた。

 1960年のキャサリンらの論文(画像参照)には、ロケット打ち上げから、軌道周回、そして軌道離脱/着水までの軌道を計算する解法が記されている。この当時はまだ「計算手」による手動計算機による計算が主流だったため、運動方程式を解析的な計算法にして、少ない計算で結果が導き出せるエレガントな手法が編み出されている。
 その後、コンピュータ時代になって、解析的な手法から、地球の重力や、大気の抵抗といった要素を運動方程式に盛り込んで、“ぐいぐい”と力任せに数値積分で解いていくやりかたに変わっていった。
 現代の宇宙飛行を支えるのは後者の数値積分手法が主流となっている。

 キャサリンは後にジョン・グレンによるアメリカ初の地球周回飛行の時にグレン飛行士に乞われてIBMコンピュータによる計算結果の検算を依頼される。この場面は宇宙飛行士たちのキャサリンたち計算手に対する信頼の高さがうかがえて、映画のクライマックスシーンにもなっている。(グレンがキャサリンの検算結果を信じて飛んだのは言うまでもない)

 後に、三人の女性たち、キャサリンは宇宙航行部門のベテラン技術者へ、最初に紹介したドロシーは計算機プログラマー達のまとめ役の管理者に、メアリーは宇宙機の有能なエンジニアに、それぞれの道を切り開いていった。

 1950年代、NASAで仕事を始めたころは、まだまだ人種や女性差別が当たり前だった職場で、自らの意志や技術力、そして努力により途を切り開いていった彼女たち。もう一つ忘れてはいけないのはそういった彼女たちに接し、差別を無くすべく彼女らの背中を押してくれた上司や同僚の存在。

 こうした人たちによってアポロ計画へつながるNASAの黄金期が築かれていった。

キャサリンは知っていた

―― 最初の一歩を踏み出したら、不可能なことなど何ひとつないのだと ―――
                                                             Margot Lee Shetterly
(映画ドリーム原作本)「ドリーム NASAを支えた名もなき計算手たち」第23章より

 

「ドリーム NASAを支えた名もなき計算手たち」          左から、メアリー、キャサリン、ドロシーの三人

 

( HPの紹介 )
 当時使われていたコンピュータ(IBM機)についてはIBM社自らのHPに興味深い特集が組まれている。 https://www.ibm.com/blogs/systems/jp-ja/tag/dreammovie/

 

 

小笠原 雅弘(おがさわら まさひろ)
 NEC、チーム「はやぶさ」メンバー。軌道系、航法誘導系担当、特にイトカワへの着陸に使われたターゲットマーカやフラッシュランプを手がけた。1985年にはじめてハレー彗星へ旅した「さきがけ」をはじめ、スイングバイ技術を修得した「ひてん」、月のハイビジョン映像を地球に送り届けた「かぐや」など日本の太陽系探査衛星にずっと携わってきたエンジニア。
現在、NEC航空宇宙システム勤務。