[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

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Beyond Disciplines ~ 専門領域を越えて ~

(2018年10月15日)

図1 連携と融合

今、求められる異分野融合
「異分野融合」。最近このキーワードをあちこちで見かけます。私が所属するJSTのCRDSは、これからの異分野融合研究の注目テーマを例示したレポート「Beyond Disciplines」を発行しました。その狙いを説明し、後半で近年のナノテクノロジーの例に絡めて融合を語ってみたいと思います。

 世界は今、VUCA時代(Volatility/不安定、Uncertainty/不確実、Complexity/複雑、Ambiguity/曖昧)といわれるほど、変化が速く、複雑で予測しにくい時代に入っています。多様化・複雑化する社会にあって、人類・社会に求められる、あるいは問題とされる事象の多くは、歴史的な学問の体系にもとづく深く専門・細分化された単一分野では対処することが難しくなっています。「SDGs (Sustainable Development Goals: 国連による持続可能な開発目標)」はその典型といえるでしょう。科学技術が現代の様々な問題と向き合うためには、これまで個々に発展してきた学問体系を越えて新しい分野を定義し取り組む、または複数の分野が連携することにより、新たな融合領域を生み出して取り組むことが求められています。そうすることで、既存の分野で新たな発見・進歩が誘発されることも期待できます。

融合とは
 みなさんは 「融合」 という言葉にどのようなイメージを持つでしょうか。異分野間の水平連携、または垂直連携の結果として生まれる融合や、水平分野間の融合、垂直レイヤー間の融合もあります(垂直の場合は統合といったほうが近いかもしれません)。異なるステークホルダー間や異業種間なども含めて、様々に考えられます。最近では、「トランスディシプリナリー(transdisciplinary)」 や「コンバージェンス (convergence)」 といった語が諸外国や国際的な会議などの場で用いられることが増えています。社会課題のような、ある目的を達成するために融合を起こすことが必要な場合と、その目的のために既存の「ディシプリン(専門領域)」を横断する場合があります。またその目的がなくともディシプリンの横断は自ずと起きる場合もあります。そして横断の先には、融合が生じる場合があります。融合領域というものはある日突然にしてできあがるのではありません。異なる分野や専門性が混ざり合い、複数年単位の時間を経て新たな輪郭を形成していくものです。その輪郭は最初から存在するわけではありません。これに対し、異なるディシプリンや専門家間の“連携”であれば、「やる」と決めれば明日からでも手を携えて活動することができます。連携とは、もともとのディシプリンや専門構造を保ったまま、いわば境目を有したままに手を結び成果を生む活動です。融合の方が優れているというわけではなく、連携の方が効果的という場合もあります(図1)。

CRDSが注目する12の異分野融合領域・横断テーマ(2018)
 12の異分野融合領域・横断テーマをCRDSではピックアップし紹介することにしました。近年の研究開発を広く俯瞰(ふかん)する過程で私たちが一定の問題意識を持っているものや、調査分析を進めるなかから抽出しています(表1)。ここで気をつけたいことは、そもそも異分野融合・横断テーマを整理学的に網羅しようとするアプローチは適切でないということです。現代の社会的情勢や科学技術の発展段階を背景とし生まれては変化し、大小さまざまな範囲や構造を内包するものが、互いに影響し合うなか異なる水準の形成過程にあります。従って、それらはきれいに整理されるものではありません。1~11は研究テーマに相当しますが、12の「研究システム・ラボ改革、R&Dインフラ・リソースのプラットフォーム」では研究活動における共通基盤や仕組みに関する面を取り上げています。
       

表1. CRDSが注目する12の異分野融合領域・横断テーマ(2018)

融合の象徴としてのナノテクノロジー
 さて、ここで少し上記のレポートを越えて、私が普段関わっているナノテクノロジーの動向に絡めて融合を見てみます。ナノテクノロジーは、2000年に当時のアメリカのクリントン大統領が国家ナノテクノロジーイニシアティブを掲げ、翌2001年から本格的に国家計画が始動しました。以来、20年の節目が近づきつつありますが、三代の大統領に渡って現在もイニシアティブは継続しています。この間に、日本を始めとして世界の数十か国がナノテクノロジーの国家計画を持つに至り、官民で大きな研究開発投資がおこなわれ、多数の新技術が登場しました。ナノテクノロジーは、「ナノ」が意味する10億分の1メートル(nm)のサイズスケールにおける技術の総称ですが、物質中の最小構成単位の原子が数個並んだくらいの長さです。ナノテクノロジーは、1から100nm程度の範囲の微小世界を対象としていますが、三次元で考えれば原子が数個から数万個集まった分子がこの領域に入ります。人間の目で観察できるサイズの世界では、人工物と自然物(生体)は全く異質でつながらないものですが、ナノの世界に入ると共通の原子が見えて、類似の分子が確認できるようになります。つまり、人工物と生体との融合は「ナノの視点」を持って初めて可能になります。事実、ナノバイオテクノロジーという融合領域研究が世界で進められています。半導体プロセスに代表される微細加工技術は、物体を削りながら構造形成する「トップダウン」の加工技術です。半導体チップに用いる最先端微細加工プロセスは、7nmの回路(ゲート長)を構成するまでに至っています。一方、生命の根源であるDNAからアミノ酸→タンパク質→細胞→組織→個体と「ボトムアップ」に形態を構成していく生体は、DNAらせん構造の直径が4nmほどですから、微細加工技術が到達する極微とほぼ同じサイズから始まります。そして自己組織化によってメートルスケールの構造を実現しています。今、最先端のナノテクノロジーを駆使して、人工的にDNAやその関連分子をパーツとして物体を合成する研究開発がおこなわれています。DNAの物理化学的な特徴を使って特殊な物質構造を自己組織的に形成する「DNA折り紙」という研究も進んできています。また、電子顕微鏡の分解能は0.039nm(コーネル大学による2018年の世界記録)という、ナノからさらに2桁小さな極小世界を観察できる技術にまで及んでいます。2017年のノーベル化学賞の対象となったクライオ電子顕微鏡の登場によって、生体内で重要な働きをしているタンパク質を三次元構造として観察することができるようになってきました。原子1つのレベルまで見えるようになることで、生命の仕組みを解明し、新たな医薬品を開発することや、生体の仕組みに学んだ優れた材料の開発、新しいエネルギー変換技術や、診断技術の開発、さらに脳をまねた人工知能デバイス、IoTセンサーの開発へと展開していきます。これらはまさに新たな異分野融合領域であり、ナノテクノロジーは異分野融合の象徴といえます。

 

参考文献
1) JST CRDS「Beyond Disciplines  – JST/CRDSが注目する12の異分野融合領域・横断テーマ (2018年) -」
 https://www.jst.go.jp/crds/report/report04/CRDS-FY2018-RR-02.html
2) JST CRDS「研究開発の俯瞰報告書 ナノテクノロジー・材料分野(2017年)」   
 https://www.jst.go.jp/crds/pdf/2016/FR/CRDS-FY2016-FR-05/CRDS-FY2016-FR-05_04.pdf

 

科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)
総括ユニットリーダー 永野 智己

 

 

永野智己(ながのとしき)
 2003年 学習院大学理学部化学科卒業、科学技術振興機構入社。2013年 グロービス経営大学院経営学修士(MBA)。JST研究開発戦略センター フェロー、ナノテクノロジー・材料ユニットリーダー等を経て、2018年より総括ユニットリーダー、JST研究監に就任。文部科学省技術参与/ナノテクノロジープラットフォーム事業プログラムオフィサーを兼任。日本工学アカデミー正会員。専門はナノテクノロジー・材料、R&D戦略、技術経営。