[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

つくばサイエンスニュース

ここに注目!

7年目を迎えた「科学技術イノベーション政策における『政策のための科学』(SciREX)」推進事業

(2017年12月01日)

(はじめに)
 エビデンス(科学的根拠)に基づいた政策立案が必要という考え方が広まっています。2011年3月にCRDSより政策提言「エビデンスに基づく政策形成のための「科学技術イノベーション政策の科学」の構築」1) が発表され、翌年度より文部科学省「科学技術イノベーション政策における『政策のための科学』推進事業」(SciREX)が開始されました。SciREXは事業開始当初より得られた研究成果を、政策形成においてエビデンスとして活用することを念頭に事業を展開しています。

(なぜ科学技術イノベーション政策にエビデンスが必要なの?)
 現代はかつてない規模とスピードで経済のグローバル化、サービス化が進み、地球規模での経済・社会構造の変化が起こっています。また、気候変動や化石燃料資源の枯渇、生物多様性維持に対する危惧、世界各地での自然災害の多発、感染症の拡大など地球規模での社会的課題も顕在化しています。このような背景の中で人間社会の持続的発展を維持するために、さらなる科学技術イノベーションが期待されています。そうした期待に応えるべく科学技術イノベーション政策を展開するためには、社会・経済の動向を多面的かつ体系的に把握、分析し、科学技術が対応すべき課題を発見すること、そして科学技術の現状と潜在的可能性を踏まえた上で、科学的合理性のある政策を形成することが求められます。
 一方で、科学技術イノベーションは、その過程に不確実性を伴い、目標の達成には長い時間が必要なことから、科学技術イノベーション政策の経済・社会的影響の検証には困難を伴います。しかし、エビデンスに基づく政策を社会に示していくことで、政策形成過程の透明性を高め、国民への説明責任を果たしていくことが重要と考えられます。

(「科学技術イノベーション政策の科学」って?)
 米国では、2005年にマーバーガー大統領科学顧問が科学政策の決定における政策担当者をサポートするために必要なデータ、ツール、方法論を生み出す実践コミュニティの構築の必要性を提唱したことから、「科学イノベーション政策の科学」(Science of Science and Innovation Policy: SciSIP)事業がスタートしたと言われています。この動きに対応する形で関連する学術研究促進のためのファンディングとして、米国科学財団(NSF)が公募プログラムを2007年に開始し、事業の枠組みが順調に整いました。
 この影響は欧州や日本にも及びました。それは、ブラックボックスのような「科学技術イノベーション」を生み出す構造を、様々な視点からの研究によりエビデンスを積み上げ、把握していこうというアプローチです。「政府のお金をどのように投資すれば、新しい科学的進歩が起こるのか?」「国、大学、企業がどのように協力すれば、イノベーションが起こるのか?」このような問いに対する答えは、時代状況や国の違い等によって千差万別ですが、だからこそ、全くのあてずっぽうではなく、エビデンスを基に法則なり傾向なりを掴もうというのが共通の認識になったのです。

  

(SciREXって、どんな事業なの?)             
 この流れを受けて日本で立ち上げられたのがSciREX事業です。SciREX事業は、公募型研究開発事業だけでなく、基盤的研究・人材育成拠点、データ・情報基盤整備、と様々なプロジェクトが同時並行的に行われています(上記の図参照)。プロジェクトの1つである公募型研究開発プログラムは、2011年より2017年現在までの間、毎年3-5件程度のプロジェクトを採択しており、将来的な政策形成の実践につながりうる新しい発想に基づく指標や手法の開発、さらに制度設計に向けた研究開発を推進しています。
 例えば、「数理モデルを用いて感染症の流行メカニズムを分析することで、感染拡大のスピードや範囲を予測し被害を最小化するための政策判断に資するインプットを与える研究」2) や「地域ごとで提供されている医療の質に実際には違いがあることを明らかにしたうえで、その格差の是正に向けて政策的な検討を行ううえで必要となるエビデンスの構築を目指す研究」3) 、「政策担当者が利用できる、地域科学技術イノベーション政策に関する事例を集めたデータベースの構築」4) など、多くの研究者の視点が政策形成という「出口」に向けてのエビデンスという形になり始めています。
 以下の表は、SciREXのある研究成果で、糖尿病に対する政策オプションとその政策による社会に与える影響を試行的に分析したものです5) 。投資額や投資対象の選択によっていくつかの政策的選択肢があり、それぞれの社会的、経済的費用と便益をエビデンスとして示しています。このようにエビデンスに基づいた政策の選択肢を議論することは、今後政策担当者だけでなく一般市民にとっても一層重要になると考えられます。

   (注)政策オプションの内容等については、今後一層の精査が必要であり、引き続き検討を重ねてまいります。

 
 現在、SciREX事業の中核的拠点として政策研究大学院大学にSciREXセンターが置かれ、今後「政策のための科学」を担っていく人材育成のために、拠点大学とともに共通のカリキュラムを作成しているところです。

 また、多角的な観点から政策課題や研究課題を理解するために、政策担当者と研究者、その他関係者が率直な議論を行う「SciREXセミナー」を開催するとともに、広報誌であるSciREXクォータリー(http://scirex.grips.ac.jp/newsletter/)やホームページ(http://scirex.grips.ac.jp/)でエビデンスに基づく科学技術イノベーション政策について発信し6)、コミュニティを拡大していく取組みを行っているところです。是非、これらのサイトにアクセスをしていただき、私たちが具体的にどのような活動をしているか、多くの皆さんに知っていただきたいと思います。

 

【参考資料】
1)JST-CRDS戦略提言「エビデンスに基づく政策形成のための「科学技術イノベーション政策の科学」の構築」
http://www.jst.go.jp/crds/pdf/2010/SP/CRDS-FY2010-SP-13.pdf

2) 西浦博「感染症対策における数理モデルを活用した政策形成プロセスの実現」https://ristex.jst.go.jp/stipolicy/project/project20.html

3)今中雄一「医療の質の地域格差是正に向けたエビデンスに基づく政策形成の推進」https://ristex.jst.go.jp/stipolicy/project/project19.html

4)永田晃也「地域科学技術政策を支援する事例ベース推論システムの開発」https://ristex.jst.go.jp/stipolicy/project/project08.html

5)尾花、他:「糖尿病の予知・予防」に係る政策オプションの作成, 研究・イノベーション学会年次学術大会講演要旨集29, pp.157-162, 2014-10-18
http://ci.nii.ac.jp/naid/110009899649

6)その他にツイッター(https://twitter.com/scirexcenter)やフェイスブック(https://www.facebook.com/scirex.gist)でも情報発信を行っています。

 

科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)
科学技術イノベーション政策ユニット
 フェロー 林 信濃 

林 信濃(はやし しなの)
 専門は技術と市場の関係、投資効果分析。コネチカット大学農業資源経済学部博士課程修了。PhD。環境コンサルタント、大学教員、NGO((公財)地球環境戦略研究機関)勤務などを経て、2014年より国立研究開発法人科学技術振興機構 研究開発戦略センターフェロー。「科学技術イノベーション政策のための科学」事業に従事し、海外の動向調査および俯瞰構造化を担当。