[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

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ここに注目!

米国の大学で懸念されている「中国リスク」

(2019年7月15日)

はじめに

 世界トップレベルの米国の大学は世界中から人材を惹きつけています。なかでも、中国の人材が高い存在感を示していることが各種統計からうかがえます。

 しかしながら、最近の米中関係の緊張の中で、米国の大学でも「中国リスク」への懸念が高まってきています。本稿では、米国の大学において懸念されているリスクを整理してみたいと思います。

 

1.大学の自主性侵害に関するリスク

 中国は、中国語や中国文化の教育プログラムを提供する「孔子学院」という機関を世界展開しており、2018年末で147カ国・地域に548校、米国では105校の孔子学院が設置されています。同様の機関には英国のブリティッシュ・カウンシルやドイツのゲーテ・インスティテュートなどがありますが、孔子学院はその多くが大学と協定を結びキャンパス内に設置されている点で特徴的です。近年、そのような運営形態にもかわらず、孔子学院の教員管理やカリキュラム内容の決定に大学側が関与できないような契約がなされているとして、大学の自主性が損なわれていると主張する声があります 。

 米国議会はさらに踏み込んで、中国政府が孔子学院を通じて「中国が経済及び安全保障上の脅威である」という印象を転換しようとしていると報告しています 。他方、米国政府説明責任局(GAO)が孔子学院を運営する米国の大学10校に聞き取り調査を行ったところでは、いずれの大学も孔子学院の運営をコントロールできていると回答しています 。

 

2.研究成果の流出に関するリスク

 国立衛生研究所(NIH)は2018年8月に大学や研究機関に向けて、これら機関の研究者がNIHに研究費を申請する際、外国政府・企業との資金的関係を開示することを徹底させるよう求めました。そこでは、外国機関による組織的関与を通じて、研究費申請書の査読者がピア・レビューのプロセスにおいて知り得た知的財産や機密情報を外国に提供する例や、外国政府等からの資金提供を開示しないまま不当にNIHの資金を受けている例があるとの認識が示されています。

 このような懸念が高まっている背景には中国の人材招致プログラム「千人計画」の拡大があります。同プログラムでは、海外の優れた中国人研究者を中国に呼び戻すだけでなく、外国籍研究者を中国に呼び込んだり、外国に拠点を持ったままクロスアポイントメントで1年のうち一定期間を中国で活動させたりすることを促進しているため、米国で得た研究成果の流出や、(同プログラムの支援を開示しないことによる)NIHや国立科学財団(NSF)などの研究費の不正受給に繋がりかねないと警戒されています。

 さらに、最近の輸出管理に関する法整備により、既存の規制でカバーできない「新興技術・基盤技術」のうち安全保障上必要な技術も対象とするよう対応強化が図られました。基礎研究は輸出管理規制の対象外とはされているものの、その線引きは難しく、米国の大学は神経を尖らせざるを得ない状況に置かれていると言えます。

 

3.情報基盤への攻撃に関するリスク

 人を介した情報流出のリスクと別に、持続的標的型攻撃(APT)と呼ばれる高度なサイバー攻撃により、大学の情報基盤から知的財産を含む重要データが盗まれることが懸念されています。2018年12月には米国司法省から中国を拠点とするAPT10といわれるサイバー攻撃グループを訴追する声明文が発表されました 。また、2019年3月には別グループ(APT40)が海軍研究と繋がりのある米国大学に攻撃を続けていたことが明らかになっています。これらの事案では中国政府の組織的関与の疑いが指摘されていますが、その真相は明らかになっていません。いずれにしても、大学側では高等教育機関の共同ネットワーク等を介してサイバー攻撃の脅威に協調して対応するなどの措置が図られています。

 

まとめ

 各大学は、これらリスクへの対応に関する学内取り組みのグッドプラクティスを共有するなど、連携を深めています。一方で、世界中から多様な人材が集まり、協働する開かれた研究環境こそが米国の大学の魅力であり、その優位性確保に不可欠なものでもあります。この点、米国大学協会(AAU)は、世界中の優秀な学生や研究者が渡米しやすいような入国管理政策とするとともに、理工系の人材育成や新興分野の研究開発投資などの国内環境整備に力を入れるべきとも強調しています。実態としてはグレーな部分も多いですが、それだけに冷静に状況を見極めていくことが必要と思われます。

 

 

【引用・参照資料】

1.On Partnerships with Foreign Governments: The Case of Confucius Institutes, AAUP, 2014
 https://www.aaup.org/file/Confucius_Institutes_0.pdf

2.China’s Impact on the U.S. Education System: Staff Report, Permanent Subcommittee on Investigations, U.S. Senate, 2019
 https://www.hsgac.senate.gov/imo/media/doc/PSI%20Report%20China’s%20Impact%20on%20the%20US%20Education%20System.pdf

3.CHINA: Agreements Establishing Confucius Institutes at U.S. Universities Are Similar, but Institute Operations Vary, U.S. GAO, 2019
 https://www.gao.gov/assets/700/696859.pdf

4. Advisory Committee to the Director Working Group Report, ACD Working Group for Foreign Influences on Research Integrity, NIH,2018
 https://acd.od.nih.gov/documents/presentations/12132018ForeignInfluences
_report.pdf

5. Deputy Attorney General Rod J. Rosenstein Announces Charges Against Chinese Hackers, U.S. Department of Justice
 https://www.justice.gov/opa/speech/deputy-attorney-general-rod-j-rosenstein-announces-charges-against-chinese-hackers

 

 

 

 

科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)
海外動向ユニット フェロー
長谷川 貴之

 

長谷川 貴之(はせがわ たかゆき)
 科学技術振興機構(JST)入職後、地域事業、情報事業、国際事業等を経て、2018年4月より現職。