[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

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ここに注目!

科学イベントでマスクについて語り合う:「学術都市ベルリン」と「はこだて国際科学祭」

(2021年7月21日)

 新型コロナウイルス感染症の流行はまだまだ収束しませんが、そのなかでも世界各地で科学イベントが開催されています。今回のコラムでは、私が休日にマスクの歴史を調べているうちに関わることになった、ドイツと日本の科学イベントに注目します。

学術都市ベルリン 2021(Wissensstadt Berlin 2021)

 ベルリン市長が主導する「学術都市ベルリン 2021」では、ベルリンの研究機関や大学などが参加し、数か月にわたってオンラインやリアルでのイベントが開催されています。私が関わることになったのは、メイン会場である「赤の市庁舎」前の広場での屋外展示です(図1)。

図1 「学術都市ベルリン 2021」赤の市庁舎前の屋外展示 © Harf Zimmermann, 3D Visualisierung © Tonio Freitag https://www.wissensstadt.berlin/

 この屋外展示の一部に、マスクの歴史のコーナーがあります。これはコロナ禍で世界的にマスクが注目されるなか、マックス・プランク科学史研究所で生まれたウェブプロジェクト、「The Mask—Arrayed」に基づいて作られています。2020年10月、韓国出身のヒョン・ジェファン(현재환、玄在煥)氏と一緒に英語で寄稿したところ、その一部がドイツ語に翻訳されて展示されることになりました。

グローバルな日本のマスクの歴史

 ヒョン氏とは、日本と韓国のマスクの歴史について語り合いました[1]。日本では、1879年の広告に「レスピラートル(呼吸器)」が登場します(図2)。興味深いのは、この「呼吸器広告」が掲載されているのが、『文明開化』(宮武外骨編、1925年)という書籍であることです。マスクは文明開化の一部として日本に根付いたのです。

図2 松本市左衛門「呼吸器広告」(1879年)[2]

 この広告が現れた前年、1878年の医用品カタログを見たところ、「ヱフライ氏の護息器」と書かれていました[3]。このことから、英国のジュリアス・ジェフリーズ(Julius Jeffreys)が1836年に特許を得たレスピレーター(respirator)の影響を特定することができました[4]。

 今回の展示には間に合いませんでしたが、1899年10月にベルリンで開催されたペスト会議も日本のマスクに影響を与えています。ちょうどその年の冬から神戸や大阪でペストが流行したため、この会議の記録の日本語訳がいくつも出版されました。その会議ではマスクの推奨について一致はしなかったようですが、日本では大阪ペストで1901年1月から医療従事者がマスクを着けるようになりました[5]。

 このように日本に影響を与えたベルリンの街で、コロナ禍のなか、人々がマスクの歴史について語り合っていること、これも歴史の一コマになるでしょう。

はこだて国際科学祭 2021

 さらに8月28日(土)には、国内の科学イベントでマスクの歴史について話す予定です。2009年から続く「はこだて国際科学祭」での環境サイエンスカフェ「わかんないよね 個人衛生としての感染症対策の歴史 〜マスクを題材に〜」というイベントです。もう一人の登壇者は、東京大学発のスタートアップ企業、Xenoma(ゼノマ)代表で、昨年マスク内の酸素濃度を計測した網盛一郎氏です。オンラインでの開催なので、お気軽にご参加いただき、マスクについて語り合いましょう。

 このほかにも、はこだて国際科学祭ではさまざまなイベントが企画されています。また、11月上旬には「サイエンスアゴラ」が開催されます(科学技術振興機構主催)。オンライン開催だからこそ、どこからでも科学イベントに参加できます。コロナ禍にもかかわらず、あるいはコロナ禍だからこそ盛り上がる科学の世界を、ぜひのぞいてみてください。

 

参考文献

[1] Jaehwan Hyun and Tomohisa Sumida, “The Material Lives of Masks in Japan and South Korea,” The Mask—Arrayed (Max-Planck-Institut für Wissenschaftsgeschichte), October 2, 2020.

[2] 宮武外骨編『文明開化2 広告篇』(半狂堂, 1925), 69.

[3] 松本市左衛門編『医療器械図譜』(松本市左衛門, 1878), 95.

[4] 住田朋久「鼻口のみを覆うもの : マスクの歴史と人類学にむけて」『現代思想』48巻7号 (2020): 191–199.

[5] 住田朋久「『ペスト』に見るマスク着用の始まり : 1899~1900年、大阪・肺ペストクラスターと医師の遺言」『週刊医学界新聞』3415号 (2021): 3.

 

科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)

企画運営室 フェロー

住田 朋久

住田 朋久(すみだ ともひさ)
東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程満期退学(科学史)。日本科学未来館、日本学術振興会特別研究員(DC1)、東京大学大学総合教育研究センター特任研究員、丸善出版、東京大学出版会などを経て、2020年5月より現職。(イラスト:しみずひさこ)