[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

つくばサイエンスニュース

ここに注目!

研究開発の成果を社会に届ける仕組み RISTEX「研究開発成果実装支援プログラム」

(2020年8月15日)

 

本プログラムの背景と目標

 

 近年、科学技術の進歩は著しく多大な成果が得られているにもかかわらず、その多くは活用されることなく知の倉庫で眠り続け、いつしか忘れ去られてしまうものも少なくありません。とりわけ、社会のための研究開発は、実現されれば極めて効果的であると思われるものであっても、実用化され定着するものが極めて少ないのが現状です。このことは、研究開発に多くの時間を要するためというばかりでなく、研究開発の成果が社会に便益をもたらすことを実証するリスクを誰が負担するかが不明確であることに起因しています。

 

 産業のための研究開発では、大きな便益が見込める研究開発については企業が積極的にリスクを負担し、研究(Research)・開発(Development)・実証(Demonstration)・普及(Diffusion)の4段階を一貫して実行する仕組みができあがっています。これまで社会のための研究開発が失速し中断を余儀なくされてきた理由は、この仕組みの欠如にあると考えられます。本プログラムはこの欠如を埋め、研究開発から実用化までの4段階(RDDD)をシームレスに繋ぎ、研究開発成果をできるだけ早く社会に届ける仕組みとして運営されています。実装支援の概念を右上に示しました。実装支援がないと社会問題の解決の速度が遅くなるとともに、場合によっては、失速してしまうことに注目してください。

 

 本プログラムは研究開発成果を実証して人や社会の信頼を得るための活動を一定期間支援することによって社会問題解決の短縮を図ることを目的としています。

 

 

 

 

 

 

 一般に社会のための研究開発は大学や研究機関が実施主体であることが多いですが、その成果が受益者にとって有効であることが具体的なかたちで実証されないかぎり、受益者である市民から資金投入への同意が得られません。解決すべき問題が明確であればあるほど、メリットを享受する人々や効果の規模が具体的に特定できるため、プロジェクトは解決すべき社会の問題が何であるか、その問題がどのような脅威をもたらしているかを正しく同定しておく必要があります。研究者は、自分たちの研究成果を社会の具体的な問題解決に役立てることを望んでおり、社会の人々は彼等の研究成果を利用したいと願っています。両者の願望を叶え、研究開発と実証の谷間を渡るためにも、研究者と社会の人々との協働は不可欠です。実装が定着し社会における自律的運営がなされた場合、成功事例として全国に普及していくことが期待できます。実装支援を受けることができる機関は、民間企業、各種団体、NPO、大学、研究機関など、主体を問いません。プロジェクトへの支援期間は3年以内です。これにより、研究開発成果の社会への適用を迅速化し、研究者の社会的役割の強化と研究開発組織の基盤が充実し、研究開発成果の社会への普及と定着が確実に実現することが期待されます。

 

科学の知恵でよりよい世界を

 本プログラムでは、多くの人々が解決を望む社会問題の解決に向けて、研究開発成果の実装に取り組む活動を支援しています。

対象とする領域として、

・人口減少と高齢化がさらに進行することによって生ずる課題

・環境・エネルギー・資源や食料などに関わる課題

・都市や地方の創生に関わる課題

・国民の安全・安心に関わる諸課題(災害の復旧・復興を含む)

・社会的弱者の支援、健全なこども・青少年の育成に関わる課題

などを重視しています。

 

 採択されたプロジェクトが取り上げた課題は誰もが解決を望んでおり、解決されればインパクトが大きいと思っている、まさに、今そこにある課題です。それらがどういうものだったのか、プロジェクトの成果の一部をご紹介します。

(以下、実装責任者の所属、役職はプロジェクト終了時点)

 

 

「津波災害総合シナリオ・シミュレータを活⽤した津波防災啓発活動の全国拠点整備」

平成19年度採択 実装責任者 ⽚⽥ 敏孝氏(群⾺⼤学 ⼤学院⼯学研究科 教授)

2011年3月11日の東日本大震災当日、中学生が小学生の手を引いて、学校から避難する釜石市のこどもたち

 予想される津波の被害範囲や程度を、発生からの時間順に地図上で確認できる「動くハザードマップ」を開発。防災啓発活動のため、複数の自治体と連携して防災教育活動に取り組みました。その自治体のひとつが、釜石市です。平成23年の東日本大震災で釜石市も大きな被害を受けましたが、8年間にわたる防災訓練を重ねてきた市内14校の小中学校では、約3,000人のうち99.8%の子どもが生き延びました。「釜石の奇跡」と称された出来事です。

 

「農作物の光害を防止できる通学路照明の社会実装」

平成22年度採択 実装責任者 山本 晴彦氏(山口大学 農学部 教授)

 夜間照明によってコメの品質低下が生じる光害(ひかりがい)の仕組みを明らかにし、短日植物であるイネの生育を妨げない照明の開発に取り組みました。光害の可能性のある農業地域で、光害阻止と防犯効果とを兼ね備えた LED 照明を設置し、地域の安全・安心に貢献しました。実装活動開始当初から、農業と地域の安全を両立させる方法について、異なる立場の人たちと議論を重ねることによって、プロジェクトの活動方針や実装活動の成果が多様なステークホルダーに受け容れられました。本プロジェクトは、中央一般紙でも取り上げられたほか、数々の顕彰を受けました。

 

「発達障害者の特性別評価法(MSPA)の医療・教育・社会現場への普及と活用」

平成26年度採択 実装責任者 船曳 康子氏(京都大学 大学院 人間・環境学研究科 准教授)

 発達障害の特性別評価法「MSPA」(Multi-dimensional Scale for PDD and ADHD)は、発達障害の特性を集団適応力、共感性、こだわりなど14の領域から捉え、レーダーチャートで視覚的に表し、当事者と周囲の双方から理解を促すものです。MSPAが医療保険へ収載されるとともに、マニュアルの発行、講習会の定期開催システムの立ち上げと運営の自立など、大きな成果を上げました。講習会参加者のほとんどが、医師、臨床心理士をはじめとする、発達障害の子どもの支援を行っている保健医療福祉の専門家であり、講習の成果はすぐに実践(臨床)され、対象となる子どもの特性を捉えた対応への展開が期待できます。また、講習会では、各種の立場の発達障害の支援者が意見交換して共通理解を深めることができ、人材育成にも寄与しました。

 

おわりに

 これまでにRISTEXが本プログラムで支援してきたプロジェクトを紹介することで、「社会技術とは何か」「社会実装とは何か」を具体的に理解していただき、社会技術に関心をお持ちの研究者、行政や自治体の関係者、社会の人々、さらには学生の皆さんに、「どうすれば問題解決の技術が確立できるか」「どうすればそれが世間に広まり社会を良くしていけるのか」を案内することができればと考え、令和元年度に一般書籍として「社会実装の手引き」を発刊しました。皆さんの参考になれば幸いです。

 

社会実装の手引き -研究開発成果を社会に届ける仕掛け-

 本書は、「こども」「安全・安心」「高齢者・弱者支援」「環境」などのカテゴリーで課題解決に取り組んだ48のプロジェクトを紹介するとともに、社会問題の解決に向けた研究開発成果を社会に届けるためのノウハウについて、広く一般に紹介することを目的としています。

編者       JST-RISTEX 研究開発成果実装支援プログラム

出版社    工作舎

定価       1,200円+税

発行       2019年6月30日

 

 本プログラムは、平成19年度に開始され、平成29年度採択までで57件のプロジェクトを実施しました。本年度(令和2年度)は最終年度になりますが、多くの方々から多大なご尽力をいただきました。一方、実装責任者の方々の多くから、本プログラムへの高い評価を得ることができました。たとえば証拠を示して実施を迫る手法は過去にない、非常にフレキシブルである、異なる専門を集合して研究を進める手法は新しく効果的である、などですが、一口で要約しますと、本プログラムがなかったなら研究開発の成果が陽の目を見ることがなかったということにつきると思います。本プログラムを実施して得られた知見やノウハウを、今後のRISTEXの事業の運営に活かしていきたいと思います。

 

科学技術振興機構(JST)社会技術研究開発センター(RISTEX)

主任調査員

木谷 徹

木谷 徹(きたに とおる)

大阪大学大学院理学研究科高分子科学専攻修士課程修了。化学メーカーで勤務後、2016年より現職。研究開発成果実装支援プログラムを担当。