[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

つくばサイエンスニュース

ここに注目!

情報技術と人間の「なじんだ」社会の実現に向けて ~RISTEX「人と情報のエコシステム(HITE)」研究開発領域の取り組み~

(2021年2月15日)

1.RISTEX「人と情報のエコシステム(HITE)」研究開発領域の紹介

 近年急速に発展する情報技術に対して、社会はその利便性に対する大きな期待を持つ一方で、潜在的な負の側面に不安感を抱いていることも事実です。RISTEX「人と情報のエコシステム(HITE)」研究開発領域は、そういった課題に応え、技術と人間が「なじみ」ながら、ともに進化していく状態を生み出すことを目指し、2016年度に活動を開始しました(https://www.jst.go.jp/ristex/hite/) 1)

 AI等の情報技術は社会に実装されたときのインパクトが大きく、技術開発が進めば進むほど問題が発生したときの対応コストは増大します。技術が社会にもたらしうる負の側面や問題の可能性を早期に認識し、技術の萌芽段階から有効な対話を行い、技術側にフィードバックすることで人間に真に貢献するものとして技術を進化させることができます。同時に、私たち人間の側も、技術を正しく理解し、リテラシーを高めていくことで、社会として技術を受け容れたり、活用したりする能力や意識も高めることが可能になると考えられます。人も技術も相互作用しながら変化するものであり、双方への働きかけにより人間と技術が「なじんだ」状態を作ることができれば、技術の加速度的な進化につながると考えます。このように技術と人間・社会が「なじみ」ながら共に進化、つまり共進化していく状態をつくることが、本領域が目標とするところです。

図 「人と情報のエコシステム(HITE)」研究開発領域のねらい

 

2.国際的な議論の重要性

 技術が国境を越えて広がる中で、国際的な議論は重要です。本領域でのこれまでの取り組みなどから、人間の行動の自律性などにおいて、西洋近代主義と日本の伝統に基づく考え方の違いが浮かびあがってきています。また、日本と西洋ではロボットやAIに対する認識の違いがあることもよく言われます。すなわち、日本においては「鉄腕アトム」や「ドラえもん」に代表されるように人間に対して友好的な存在というイメージを持つ場合が多い一方で、欧米のキリスト教的価値観では、「フランケンシュタイン」や「ターミネーター」のように潜在的に人間に敵対するもの、脅威として描かれることが多い。こうした価値観の違いは人間と技術の「なじんだ」社会を考える上でも重要な視点をもたらしてくれるものでしょう。

 本領域では、2018年度には、世界社会科学フォーラム(WSSF:World Social Science Forum) 2018で、本領域の総括である國領二郎教授が座長となり、プレナリーセッション「Securing Co-evolution of Human and Artificial Intelligence: Role of Social Science and Humanities for SDGs」を開催し、議論を行いました2) また、2019年度には、英国研究・イノベーション機構(UK Research and Innovation, UKRI)と共同公募(「Artificial Intelligence and Society」)を実施し、6件の日英共同プロジェクトを採択しました。日英のそれぞれのチームが連携し推進しております。

表 日英公募採択PJ一覧

プロジェクト名

研究代表者 所属・役職

(日本側)

研究代表者 所属・役職

(英国側)

ヘルスケアにおけるAIの利益をすべての人々にもたらすための市民と専門家の関与による持続可能なプラットフォームの設計

山本 ベバリーアン
(大阪大学 大学院人間科学研究科 教授)

Jane Kaye

(Professor, University of Oxford)

PATH-AI:人間-AIエコシステムにおけるプライバシー、エージェンシー、トラストの文化を超えた実現方法

中川 裕志
(理化学研究所 革新知能統合研究センター グループディレクター)

David Leslie

(Ethics Fellow, The Alan Turing Institute)

法制度と人工知能

角田 美穂子
(一橋大学 大学院法学研究科 教授)

Simon Deakin

(Director, University of Cambridge)

AI等テクノロジーと世帯における無償労働の未来:日英比較から

永瀬 伸子
(お茶の水女子大学 基幹研究院 教授)

Ekaterina Hertog

(Research Fellow, University of Oxford)

マルチ・スピーシーズ社会における法的責任分配原理

稲谷 龍彦
(京都大学 大学院法学研究科 准教授)

Phillip Morgan

(Associate Professor, Cardiff University)

都市における感情認識AI~日英発倫理的生活設計に関する異文化比較研究

Peter Mantello

(立命館アジア太平洋大学 アジア太平洋学部 教授)

Andrew McStay

(Professor, Bangor University)

 価値観や、文化、歴史的背景が異なる日本と英国でのAIと社会をめぐる研究開発をそれぞれの観点から共同で推進することにより、情報技術と社会の関係のより深い理解と新しい知見が生まれることが期待されます。同時に、本領域で取り組んできた人間と情報技術の「なじんだ」社会の考え等について海外へと提起し、広く議論を行う機会としても捉えることができます。

 

3.共進化の実現に向けた議論の場

 本領域の主題である、情報技術と人間が「なじんだ」社会は、どういった社会でしょうか。どのように実現していけばよいのでしょうか。いまこそ多くの方が一緒にそれを議論することが必要かと考えます。AIに代表される科学技術の急速な発展によって、これまで、道具として使ってきた科学・技術に対する私たちの価値観も見直す時が来ているのかもしれません。技術の進化とともに、人間や社会も共に進化しなければなりません。今私たちは大きな転換点に立っているのかもしれません。このような考えに基づき、2020年度、本領域では、森ビル・アカデミーヒルズとのコラボレーション企画により、シリーズ「混沌(カオス)を生きる」と題して、全6回シリーズのオンラインセミナーを開催しております。

 本セミナーでは、近代以降に築いてきた科学技術に対する価値観、生命や自然に対する価値観を根源から見直す時がきているのではないか、という視点に立ち、ライフスタイル、社会規範/法制度、都市などについて、科学・人文思想・文化といった多様な分野の識者、テック系起業家等との議論を通じて、この混沌とした時代を生きるためのヒントを探ります。

 また同時に、本領域としては、こういったセミナーに広く多くの方が参画いただくことが、技術と社会との「なじみ」について考えを深化させ、共進化する状態を実現させるためのプロセスの一つであるとも考えています。

 本セミナーは、これまでに全6回のうち4回を開催しています。

表 シリーズ「混沌(カオス)を生きる」開催実績

第1回

人新世における人類の生存領域を考える(開催概要

第2回

新しい野生:自然・人工物への感性を研ぎ澄ます(開催概要

第3回

サイボーグと魂のつながり:インド・日本・ギリシアの哲学から考える機械と身体(開催概要

第4回

ケアの未来:他者の身体と向き合う医療・介護ビジネス(開催概要

現在、第5回・第6回を鋭意企画中です。開催が決まり次第下記WEBページでご案内いたします。ご関心のある方は是非ご確認ください!

 

森ビルアカデミーヒルズwebサイト:https://www.academyhills.com/seminar/index.html

「人と情報のエコシステム(HITE)」研究開発領域webサイト:https://www.jst.go.jp/ristex/hite/

 

科学技術振興機構(JST)社会技術研究開発センター(RISTEX)

企画運営室 主査

 芳賀 健一

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1)2020年2月20日掲載のつくばサイエンスニュースにも本領域の取り組みを掲載しています。

「人文・社会科学が設定するAI社会のDeep Agenda―RISTEX「人と情報のエコシステム(HITE)」研究開発領域の取り組みから」

2)WSSF2018

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芳賀 健一(はが けんいち)
東北大学大学院農学研究科博士前期課程修了後、2004年 科学技術振興機構(JST)入構。2014年4月より現職。