[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

つくばサイエンスニュース

ここに注目!

子どもを守る、社会をつなぐ。科学の力で橋を架ける

(2020年11月15日)

1 公私のあいだ、「助けて」のサイン:安全な暮らしをつくる取り組み

 「安全な暮らしをつくる新しい公/私空間の構築」研究開発領域では、「私的な空間・関係性」で起きる安全・安心上の問題の予防と低減に関わる研究開発を推進しています1

 具体的には、世帯の規模が縮小したり、インターネットやソーシャルメディアの普及・拡大などにより、社会構造が変化してきたりしたことで、孤立を深めていったり、問題を抱えたまま逼迫し、苦しむ人達をどのように社会は救っていけるのか、という問題意識の下、支援を求める人と支援を提供する技術・サービスとをどのように橋渡ししていくかに取り組んでいます。領域の最新情報や研究開発プロジェクトの詳細は、領域WEBサイトhttps://www.jst.go.jp/ristex/pp/で紹介しています。

 

2 児童虐待問題への対応のために

 平成6年の日本子ども虐待防止学会の設立を契機として、日本の児童虐待問題は社会的関心を集めてきています。平成12年の「児童虐待の防止等に関する法律」の制定、平成19年の同法改正、そして以降も高まる児童虐待問題への関心を反映するように、令和2年4月、改正児童福祉法と合わせ、改正児童虐待防止法(児童虐待の防止等に関する法律)が施行となりました。令和2年の本法の改正では、児童相談所の対応強化や体罰の禁止、関係機関間の連携強化など具体的な記述を盛り込んだもので、深刻化する児童虐待への対応として、より強力に推進していくことが求めてられています2

 JST-RISTEX「安全な暮らしをつくる新しい公/私空間の構築」研究開発領域では、子どもの安全、家庭の安心、地域の安寧などの具体的な目標に向けて、多様な研究開発を推進する中で、児童虐待防止にかかる研究開発も推進しています。ここではいくつかの研究開発プロジェクトを簡単に紹介します。

 

3 プロジェクト紹介

(1) 「関係機関間の連携」を支援する【田村プロジェクト】

児童福祉に携わるひとのための「警察が分かる」ハンドブック ※ダウンロードは下部より

 田村プロジェクト3では、児童虐待への早期対応のために、警察と児童相談所などの児童福祉に関わる機関とが、速やかに連携を行い、適切な介入を早期に行えるようにすることを目標として研究開発を進め、児童福祉に携わるひとのための「警察が分かる」ハンドブックを作成しました。 

 現場の職員などのニーズも取り入れつつ作成されたこのハンドブックは、現在全国の児童相談所に配布されています。警察がどういう要素を考慮して介入を行うのか、どういった手続きで警察は動くのか等、見えにくい警察活動が他の機関にも分かるよう作成されています。また作成の過程で開催されたワークショップやシンポジウムを通じて、児童相談所などの機関がどのような疑問を持ち、批判的意識を持っているかを警察にも共有されています。このように関係機関間の理解を醸成し、適切な機関連携へと繋げていくことで、児童虐待の早期発見・早期対応への貢献が期待されます。

(2) 「支援に当たる人」を支援する【藤原プロジェクト】

 藤原プロジェクト4では、児童虐待を予防していくためには、養育者となる妊婦の早期支援が重要と考え、妊婦の支援に当たる保健師のスキル標準化・業務効率向上を目標として、保健師支援アプリ「そだつWA」を開発しました。このアプリでは、スマートフォン・タブレットで利用可能で、動画教材を用いて保健師が事前にコミュニケーション手法などを学習出来、知識を深めることが可能です。更に、妊婦との面談の際に、多様な支援が受けられる場所の情報や妊婦自身の心の状態などの、妊婦に必要となる情報を、保健師から効果的に提供出来る資料も搭載しています。足立区の妊産婦支援の現場を実証フィールドとして導入・効果検証された本アプリを活用した保健師の妊婦支援により、妊婦の環境改善・理解向上に繋がり、児童虐待の予防への貢献が期待されます。

保健師支援アプリ「そだつWA」の概要

(3) 「みんなで子育て」を支援する【友田プロジェクト】 

 友田プロジェクト5では、児童虐待の予防には、子育てに苦しみを抱える前に、養育者が抱える健康や生活、経済などの状況を早期に把握し支援する予防対策が重要と考えています。そのために、養育者が苦しみを予防していくことが出来るよう、社会全体で子育てを見守るため、市民の啓発や支援者の理解・対応力を向上させる「マルトリートメント(略してマルトリ)予防モデル」を構築することを目標として、大阪府と協働し、同府の豊中市と枚方市の協力のもと、研修・啓発資材の開発及び普及定着を行っています。マルトリとは「避けたいかかわり」のことで、虐待とまでは言えないものの、子どもに対する不適切なかかわりを指す言葉です。この研修・啓発資材により、全ての市民が子育て中の養育者の環境やメンタルヘルスなどに目を向け寄り添えるようになり(とも育て)、その結果社会全体で「マルトリ予防」に関する概念の理解が広がり、安心して子育てが出来る環境が構築されることで、児童虐待の予防への貢献が期待されます。

プロジェクトで開発・作成された研修・啓発資材

 

6 おわりに

 子育てのみならず、社会の間隙で悩む人達は、いつもいつでも苦しんでいるわけではなく、その苦しみにも波があるものです。同じように手をさしのべる人達も、いつもいつでも反応できるわけでもありません。それでも、いつでも助けての声を上げることが出来ること、助けての声に誰もが耳を傾けることが出来るようにすること、そんな社会が求められています。科学の力で、そのような社会に少しでも近づくことが出来るように、我々は研究開発を進めています。

 

7 世間の理解を深めていく

 「安全な暮らしをつくる新しい公/私空間の構築」研究開発領域では、これまでいくつかの児童虐待の対応にかかる研究開発を推進しています。今後は得られた成果が広く世の中で使われていく、また世の中の児童虐待防止への意識を更に高めていくための活動に取り組んでいきたいと考えています。その一環として、JSTが主催する「サイエンスアゴラ2020」において2020年11月21日(土)にオンラインイベント『「マルトリ予防」と「とも育て」ってなんだろう?―脳科学で育むミライ』を開催します。本イベントはZOOMでご参加頂けるほか、同時にYouTubeでのlive配信を行います。ご興味がある方は是非、ご参加ください。

詳細は領域HP→https://www.jst.go.jp/ristex/pp/information/000094.html

 

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1 2019年12月1日掲載のつくばサイエンスニュースに「安全な暮らしをつくる新しい公/私空間の構築」研究開発領域の概要を掲載しています。

 

2 厚生労働省ホームページ等も参照ください。(2020/10/29現在)

 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kodomo/kodomo_kosodate/dv/index.html

 https://www.mhlw.go.jp/content/000496811.pdf

 厚生労働省では、平成16年度より毎年11月を「児童虐待防止推進月間」として定め、児童虐待の予防・防止に向けた取り組みを推進しています。

 

3 「親密圏内事案への警察の介入過程の見える化による多機関連携の推進」研究開発プロジェクト(研究代表者:田村正博 京都産業大学 社会安全・警察学研究所)」

 https://www.jst.go.jp/ristex/pp/project/h27_2.html

 ハンドブックについては下記からダウンロードが可能です。

 https://www.kyoto-su.ac.jp/collaboration/s1gk4u0000010c9b-att/ristex.pdf

 

4 「妊娠期から虐待・DVを予防する支援システムの確立」研究開発プロジェクト

 (研究代表者:藤原武男 東京医科歯科大学国際健康推進医学分野)

  https://www.jst.go.jp/ristex/pp/project/h28_3.html

 

5 「養育者支援によって子どもの虐待を低減するシステムの構築」研究開発プロジェクト

 (研究代表者:友田明美 福井大学子どものこころの発達研究センター)

 https://www.jst.go.jp/ristex/pp/project/h30_1.html

 

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科学技術振興機構(JST)社会技術研究開発センター(RISTEX)

  企画運営室 主査

関東 享佑

 

 

関東 享佑(かんとう きょうすけ)
福岡県警察科学捜査研究所を退職し、2018年、科学技術振興機構に入構、現職