[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

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レーザー技術で進化する3Dプリンター:製造業の未来のために

(2019年6月01日)

図1.2008~2017年の世界市場における3Dプリンターの販売台数(Wohlers Report 2018のデータから著者が作成)

 3Dプリンターが身近になってきました。3Dプリンターとは、CADやCGなどのソフトウェアで作成された3次元データを元に断面形状を積層し、立体造形を可能にする機器の総称です。一般的にプリンターと呼ばれる機器は、紙などの平面にインクを吐出し文字や図を印刷するものですが、3Dプリンターは熱や光を使って、液体樹脂を少しずつ硬化させたり、溶融原料を凝固させて積み重ねたり、粉末を焼結させたりと、さまざまな技法で材料を積み上げて立体物を成形します。“積み重ね”や“積み上げ”の技術が鍵になっているので、研究分野としては積層造形と呼びます。Additive Manufacturingという英語の和訳として付加製造と言われることもあります。

 3Dプリンターは1980年代に米国3D Systems社で初めて製品化されました。初期の3Dプリンターでは原料として主に樹脂を使っていましたが、最近では金属やセラミックスなど、原料の種類も増えてきています。中でも金属を原料にした3Dプリンターが「設計の自由度が大きい」「カスタマイズしやすい」「鋳型を使わずに造形ができる」などの特長から注目を集めています。既に、航空機・宇宙、自動車や医療などのさまざまな分野で応用展開がなされており、エンジンのタービンや歯科インプラントなどへ適用され始めています。

 近年における金属3Dプリンターの進化は、熱源の一つであるレーザーの技術進展によるところが大きいと言われています。ファイバーレーザー等の近赤外線レーザーの普及によって、レーザー方式の積層造形が特に広がりを見せています。以下では、次世代3Dプリンターとして期待されている金属積層造形の研究について紹介します。

 

 3Dプリンターの世界市場が急激に成長する(図1参照)一方、金属積層造形の応用は一部の高価格パーツや部品、試作品の製造に限られています。一般用途として普及を進めるには造形可能な金属種類の拡大と造形速度の向上、部品品質の改善と保証が必要です。これらの課題を解決するために、我が国では、基礎学理、基盤技術まで含めた大型プロジェクトが国の公的資金によって進められています。

 電気部品としての需要により、金属積層造形で注目される原料は銅です。しかし、銅はレーザー方式の金属3Dプリンターで造形の難しい原料として知られており、実際に従来の近赤外線レーザー熱源では純銅の溶融が困難でした。それを克服するために吸収率が高い短波長の青色半導体レーザーを使った積層造形技術が開発されています。また、耐熱部品に使われている高融点のタングステンも造形が難しい原料でしたが、最近の研究により粉末粒子の形状や大きさ、レーザー照射などのプロセス条件を適正化することで造形できることがわかっています。

 造形速度は、一層をどのくらいの厚みで重ねていくか、という積層ピッチに依存するため、得られる造形品の精度と密接に関係があります。つまり、積層ピッチを大きくすればするほど、造形時間は短くなりますが造形品の精細な構造を犠牲にすることになります。この課題に対しては、使用するレーザーの本数を増やして、時間の短縮化を図る技術が最近になって開発されました。レーザー技術は制御パラメータが多く条件設定が複雑なために、サイバー・フィジカルシステム(CPS)を取り入れた新しい挑戦も行われています。職人の勘や経験に頼ってきた大量の技術データを収集し、最適な条件を人工知能に学習させ効率化する手法です。

 航空機・宇宙分野では高品質で高歩留まりの部品製造が求められるため、製造プロセスをしっかりとモニタリングし、その結果を製造条件へフィードバックすることで品質を保証する技術が必要になります。したがって、レーザー照射による金属溶融・凝固現象のその場観察(オペランド計測)やシミュレーション、組織・熱変形予測の理論構築などの基礎研究が進められています。また、非常に複雑な物質-光相互作用を解明するための物理も重要な研究対象です。

 

 このように積層造形研究の進展には目を見張るものがありますが、3Dプリンターの開発は欧米が圧倒的に先行しているのが現状です。今から我が国が追いつくためには、技術研究組合次世代3D積層造形技術総合開発機構(TRAFAM)のようなメーカーとの連携拠点における装置開発とともに、レーザーの基盤技術、製造プロセスに関する基礎研究を継続していくことも必要です。高付加価値の多品種少量生産やカスタムメイド生産は、国内製造業が生き残っていくための重要な選択肢であり、積層造形に関する研究への期待が高まっています。

 現在の3Dプリンターの応用先は航空機や医療産業ですが、今後は予想もしない分野への展開があるかもしれません。3Dプリンターのソフトウェア開発会社であるAMFG社(英国)は、将来の3Dプリンターの普及で影響を受ける10の産業を予想しています(表1参照)。The Construction Industry(建設業)、3D Printed Fashion(3Dプリンターによるファッション)では、なんと3Dプリンターでつくった住宅や高級仕立服の例が紹介されています。

 業務用だけではなく家庭用の低価格モデルも販売され、おもちゃや雑貨作りにDIY好きなユーザーの人気が急上昇している3Dプリンター。“アレもコレも3Dプリンターで”というクリスアンダーソンがMAKERS21世紀の産業革命が始まる』で記した未来が本当に来るかもしれません。

表1:将来3Dプリンターで影響を受けると予想される産業(ホームページのデータから著者が作成)

 

科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)
ナノテクノロジー・材料ユニット フェロー
八巻 徹也

 

【参考文献】

1.JST CRDS研究開発の俯瞰報告書「ナノテクノロジー・材料分野(2019年)2.5 共通基盤科学技術」https://www.jst.go.jp/crds/pdf/2018/FR/CRDS-FY2018-FR-03/CRDS-FY2018-FR-03_10.pdf

2.技術研究組合次世代3D積層造形技術総合開発機構のウェブサイト
https://www.trafam.or.jp/

3.10 Industries You Won’t Believe Are Being Disrupted by 3D Printing
 https://amfg.ai/2018/07/19/10-industries-being-disrupted-by-3d-printing/

 

八巻 徹也(やまき てつや)
 1999年 東京大学大学院工学系研究科システム量子工学専攻修了(博士(工学))。日本原子力研究開発機構の研究副主幹、研究主幹、グループリーダーなどを経て、2016年 量子科学技術研究開発機構のプロジェクトリーダー・上席研究員。2018年より現職。文部科学省「光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)」のアドバイザリーボードメンバーとして、量子科学技術分野に関する調査分析に従事。専門は量子ビーム材料科学。