[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

つくばサイエンスニュース

ここに注目!

ヨーロッパの科学技術最前線 - 第9次フレームワークプログラムをめぐる最新動向 -

(2018年9月15日)

フレームワークプログラムの変遷

1.はじめに
 科学技術・イノベーションに対する支援は、程度の差こそあれ世界中どこの国でも行われています。ヨーロッパでもドイツやフランス、その他の国々で科学技術・イノベーションを振興する予算が確保されていて、その国にあった政策やプログラムが進められています。しかし今回は個別の国に焦点を当てるのではなく、ヨーロッパの国々を束ねる共同体である欧州連合(EU)のレベルにおいてどのような科学技術・イノベーション支援が行われているのかについてお話しします。

2.補完性の原理
 EUは現在28の加盟国から構成されています。そもそもEUには補完性の原理というものがあり、加盟国自身で行える事業についてはEUレベルで扱わず、EUレベルで取り組む方が効果の上がる事業はEUが担うということになっています。科学技術・イノベーションの分野の支援もこの原理に基づいて実施されています。つまり、EUの科学技術・イノベーション政策は、EUレベルで取り組んだ方が有効な領域で各国の取組を補っているわけです。関税、金融政策、農業などを除く分野では、原則としてすべての権限は加盟国に帰属しています。

3.フレームワークプログラムの開始、その特徴と変遷
 EUでは1984年からフレームワークプログラムと呼ばれる多年次にわたる研究助成プログラムがこの補完性の原理に基づき実施されていますが、プログラム開始の背景には、大国の北米や高度成長を遂げた日本をはじめとするアジア諸国の力が強まる中、EU加盟国が団結して欧州の競争力を強化する狙いがありました。
 フレームワークプログラムではとりわけ基礎研究と競争前段階の研究を共同で行うことを支援し、原則として国籍の異なる3組織から成るチームで応募する必要があります。国籍混合になるため、必然的に欧州内外のコネクションを広げることにもつながります。フレームワークプログラムのようなEUレベルの科学技術・イノベーション支援予算が各加盟国の科学技術予算に占める割合は、国によって違いますが大体平均して1割程度です。しかしこの1割がEUの他の助成の呼び水となって相乗効果を生んでいるのです。
 このように元々フレームワークプログラムは加盟国のばらばらな科学技術プログラムを補完・補強する意味で形成されましたが、世界をめぐる情勢はだんだんと複雑化し、一国だけではとても対応しきれない社会的課題が近年増えてきました。この課題の解決に取り組むために、EUの研究では固定化された分野別のアプローチから大きな挑戦への取組に焦点を移すべきとの転換が示されることになったのです。

4.Horizon 2020
 2014年から開始したHorizon 2020(第8次フレームワークプログラム)では、課題解決型の取組を重視する方向に大きくシフトしました。全体の予算規模は1984年の第1次フレームワークプログラムと比べると約20倍(748億ユーロ≒9兆7,240億円)になっています。Horizon 2020の支援の柱は大きく3つに分けられ、第一の柱が「卓越した科学」、第二の柱が「産業界のリーダーシップ」、そして第三の柱が「社会的課題への取組」です。「卓越した科学」では基礎研究支援や研究者のキャリア開発支援、研究インフラの整備支援などを通じて、欧州の研究力を高めることを目指しています。「産業界のリーダーシップ」は、実現技術(enabling technology、問題の解決を可能にする技術)や産業技術への支援、リスクファイナンスの提供、中小企業の支援を含んでいます。「社会的課題への取組」では7つの社会的課題を設定し、その解決に資する研究や取組を様々に実施していますが、パイロットテストやデモンストレーションなど、より市場に近い取組への支援に主眼が置かれています。
 この第三の柱である「社会的課題への取組」には他の2本の柱よりも大きな予算が割かれていること、また、前身の第7次フレームワークプログラムにおける同様の支援と比べるとその規模が大幅に拡大したことは、EU全体としての科学技術・イノベーション支援のあり方に大きな変化が起きたことを意味しています。

5.ポストHorizon 2020に向けて
 さて現在、ポストHorizon 2020、すなわち第9次フレームワークプログラムの策定に向けてすでに議論が始まっています。この新しいプログラムはHorizon Europeという名前です。2019年3月末には英国がEUを離脱するため、EUの全体予算は減るはずですが、欧州委員会は2021~2027年の7年間にわたるEU全体予算を増額する案を示し、増額の重点ポイントの一つに科学技術・イノベーションを取り上げています。同じ7年間を支援対象としているHorizon Europeの全体予算は976億ユーロ(≒12兆6,800億円)と大幅に増やすことが示されました。

総予算規模の比較

 Horizon Europeの支援スキームはHorizon 2020と同様に三本柱になっており、第一の柱が「オープンサイエンス」、第二の柱が「グローバルチャレンジ・産業競争力」、第三の柱が「オープンイノベーション」です。第一の柱は従来と同様に最先端研究を支援し、第二の柱で社会的課題への取組、ミッション志向型の研究開発を推進します。第三の柱の内容は新規で、イノベーション支援に一層注力することになります。実はこのうち第二の柱には全体予算の半分以上に当たる527億ユーロ(≒6兆8,510億円)が割り当てられることが現在の案として示されています。

6.おわりに
 以上見てきたように、近年のフレームワークプログラムでは課題解決型の取組へと大きな転換を遂げてきました。第6次および第7次のフレームワークプログラムにおいて大きな恩恵を受けていた基礎研究の研究者からは、Horizon 2020では支援がイノベーション寄りになり、より焦点の絞られたプロジェクト以外はファンディングされなくなったと批判する声もあります。過去の例についても、新規に導入する場合は反対意見や否定的な見方が示される場合もあります。例えば、第7次フレームワークプログラム期から始まった欧州研究会議(ERC)は現在最も成功しているファンディングスキームの一つと言われていますが、これは優秀な研究者への助成であり、フレームワークプログラムの原則となっている国籍混合の申請方針とは相反することから、導入当初は大きな反発を招きました。
 EUは一つのかたちある国ではなく、主権はやはり加盟各国にあります。だからこそ、EUレベルでの取組は試行錯誤的なところもあり、良いところは残し、悪いところはなくしていくというプロセスを、丁寧な議論を重ねながら進めています。今回取り上げたフレームワークプログラムの変遷を見てもそのことがよく分かるのではないでしょうか。

 

参考資料
●科学技術振興機構 研究開発戦略センター「科学技術・イノベーション動向報告~EU編~(2015年度版)」、CRDS-FY2015-OR-04(2016年3月)
http://www.jst.go.jp/crds/pdf/2015/OR/CRDS-FY2015-OR-04.pdf

 

科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)
海外動向ユニット
津田 憂子

津田 憂子(つだ ゆうこ)
 2010年3月早稲田大学大学院政治学研究科博士後期課程満期退学。早稲田大学政治経済学術院助手、国立国会図書館調査及び立法考査局海外立法情報課非常勤調査員、上智大学外国語学部ロシア語学科非常勤講師、在露日本国大使館専門調査員、国際科学技術センター上席技術調整管理官(在モスクワ)等を経て、2014年より科学技術振興機構研究開発戦略センターにて海外の科学技術政策動向調査などに従事。