[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

つくばサイエンスニュース

ここに注目!

イノベーション創出のための日本の工学基盤とは

(2020年1月15日)

 世界そして日本の産業を取り巻く環境が急速に変化する中で、今後、日本がイノベーションを創出していくためには何が必要なのでしょうか。

 

 イノベーションの創出には工学が必要です。もう少し具体的に言うと、科学的な発見や萌芽的な技術を工学的な創意工夫を通じて成熟させ、社会的価値の創造や社会課題の解決に繋げられるよう導いてゆくことが必要です。すなわち、今後、日本がイノベーションを創出し続けていくためには、その土台として重要である工学基盤の強化・高度化が求められているのです。そこで今回は、日本の工学基盤の現状についてご紹介します。

 

 まず、工学基盤分野の研究力について見てみます。

図1 工学基盤技術分野での主要論文誌論文数推移の各国比較
(左:1998年、右:2018年、順位で表示)
(出典:JST CRDS 戦略プロポーザル「革新的デジタルツイン ~ものづくりの未来を担う複合現象モデリングとその先進設計・製造基盤技術確立~」を改変)

 

 図1は主要な工学関連分野の学術論文の数を国別に比較したグラフです。1998年と2018年を比較すると、この20年間で、アメリカは全分野でトップレベルを維持し、中国は全分野で大きく飛躍していることが分かります。一方、日本は化学・材料・製造・構造強度の分野では比較的上位を維持してはいますが、全分野で順位が低下しており、工学基盤分野の研究力が全体的に弱体化している様子が分かります。

 

 次に人材についてですが、日本ではいわゆる団塊の世代が次々と退職する中で、工学的基盤技術を知る人の減少が危惧されているのが現状です。図2は経済産業省の調査によるものですが、今後、技術者が足りなくなる分野を企業アンケートにより示した結果です。特に機械工学・建築工学・情報工学の分野で人材が不足すると回答した企業が多いことが分かります。一方大学では、他の分野と比較して工学系は博士課程へ進学する割合が低く、大学側・企業側双方で基盤的研究を担う人材不足に拍車がかかることが懸念されます。

図2:今後、技術者が足りなくなる分野
(出典:経産省 平成29年度産業技術調査事業 を改変)

 

 以上2点は、工学基盤を構成する研究力と人材の側面から見た一部でしかありませんが、日本の工学基盤の現状は楽観視できる状況ではありません。

 

 そこで私たちは、今年度から、日本の工学基盤の実態とその強化に向けた課題探索を行うため、公的研究費(ファンディング)、人材、機器・設備、データ基盤・標準化の4つの観点から調査を開始しました。加えて、海外(欧州、米国、豪州)の動向・事例の調査も実施しています。

 

 調査は現在進行中ですが、例えば、英国では、公的研究費配分機関が戦略的に工学基盤の高度化に対するファンディングを実施しており、自国の強みを展開させていることが調査を通じて分かりました。また、豪州においては教育を起点としたグローバルな循環が起こり、リソース(研究費、人材)の獲得、研究力の向上、そしてイノベーションへと繋がる様子を垣間見ることができました。また、各国が工学基盤の重要性を認識し、高度化を図るために国として施策を講じていることも明らかになりつつあります。

 

 国内外の調査を踏まえ、日本の工学基盤をどのように強化・高度化すべきかを、近日中に報告書として取りまとめていくことを予定しております。

 

 

科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)
環境・エネルギーユニット フェロー
長谷川 景子

長谷川 景子(はせがわ けいこ)

2002年東京農工大学農学部卒、2004年東京大学農学生命科学研究科修了。2004年独立行政法人(現国立研究開発法人)科学技術振興機構入構。戦略的創造研究推進事業(さきがけ)、地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)などのファンディング事業に従事。2013年に一旦退職し、タイ・バンコクに滞在。国際交流基金勤務を経て、2019年より現職。環境・エネルギーユニットにて調査・提言活動に従事。